はじめまして。
ダンおにの譜面を作ってみないかと言われて、リズム感覚が全く無い私にはとても不安だったのですが
複雑な部分はとろわがやってくれていたようで、意外とあっさりできました

譜面は感覚的に決めていたので、楽しいかどうかは不明です
作る側としては楽しかったです
そう言い放ったのは、幼馴染の千春。
千春は小さい頃からよく「私が感じる楽しさと、信一の感じる楽しさは違うんだよね・・・」と言う。


その言葉を言う千春の顔は、どこか悲し気だった・・・。




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――



12/14



「・・・んん・・・、なんだ・・・夢か・・・。」

変な夢だったな・・・そういえば、昨日はダンおにの合作を作っていたんだっけ。

自分が担当した所についてのコメントを考えている間に、寝落ちしてしまったらしい。



時計は既に午前9時を過ぎていた。

完全に遅刻である。



・・・



学校



「おー、信一おそよう。」

休み時間。俺の席に座っている千春が手を振っている

俺の名前は信一ではなく信一郎だ。

でも信一のが言いやすいって理由で、みんなからそう呼ばれている。

由来は「一番信用できる太郎になってほしいから」らしい

親は太郎という人に何かされたらしいが、面倒臭そうなので聞いていない。



「そういえばさ、昨日もいつもの森で不審者が目撃されたんだって」

俺が眠そうな態度をとってもお構いなしに話しかけてくる

「へぇ」

あの森は木が密集しすぎてるし、入る目的がわからない

「ねぇ、この頃毎日目撃されてるし、ちょっと今夜入ってみない?」

千春はこういう謎がありそうな事件が大好きだ

「いや・・・え、それ夜中の3時くらいでしょ?寒いし嫌だよ。」

目撃情報はよく知らないけど、白衣を纏った女性という所までは知ってる



「俺は行かないぞ。寒いし、あんな所入ったら怪我するだろ」

「えー、じゃあいいよ」

「・・・お前らしくないな。いつもしつこいのに」

「いいよ!私一人で行くから。もう準備してあるもんねー」

千春は今までにない程やる気満々だ。

「いや、女一人でそんな所に行くなよ」

「昨日さ、森の入り口でこれ拾ったんだー♪」

千春が鞄から取り出したのはペンダントだ

「なにそれ、落し物?」

チャームは十角形の水色に透き通った宝石のような物で、かなり大きい。

「綺麗でしょ。これって例の不審者が落としたんじゃないかなって」

「いや、違ったらどうするんだよ。交番に届けたほうがいいだろ」

言われてから気づいたのか、千春は動揺した

「・・・ええー、じゃあ・・・はい。」

「えぇ!?俺が届けるの?」

「だって交番どこにあるか知らないし・・・」

言われてみれば、交番なんて普段用事無いし、俺も何処にあるのか知らなかった。




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――





「・・・よし」

あとは譜面データをメールで送れば・・・

「・・・あぁ」

そうだ、帰りに交番に寄るのを忘れていた。

「まぁ、明日でいっか・・・」

それにしても、綺麗なペンダントだ。

価値はわからないけど、大事にされてそうな感じがする。

「・・・ん?」

チャームをいじっていたら、わずかに開いた

「あぁ、これロケットペンダントなのか・・・」

他人の持ち物だから、中を見るのはやめておこう。


・・・


〜♪

携帯が鳴った。

「千春からか」

ピッ

「もしもし」

「信一?ねね、あのペンダントもう届けちゃった?」

「いや、まだだよ」

「だよねー!やっぱり気になるよねー!」

相変わらずハイテンションだ

「交番に寄るの忘れたんだよ。明日届けに行く」

「えー、届けちゃうの?」

「当たり前だろ。それより、もう寝なくていいのか?」

「なんで?私は3時まで起きてるよ」

やっぱり本気なのか。

「やめとけ。不審者なんて追っかけたって良い事無いぞ」

「それでも行く!」

「・・・まぁ、俺は止めたからな。どうなっても知らないぞ」

「ほいほーい!」

そういえば、千春はこれがロケットペンダントだって事を知ってるんだろうか

「あぁそうそう、お前あのペンダントの中見た?」

「へ?中って?」

「なんだ、知らないのか。」

「え?ちょっと待って、なになに?なに?」

「ロケットペンダントだったらしい」

「ええ!ちょっと見してよそれ!今から行くから!」

「無理。明日持ってきてやるからそれまで我慢しろ」

「うぇー、わかったよ。一番信用できる太郎だもんね!」

「おま――

ピッ

切られた。

・・・まぁいいや。今日は遅いしもう寝よう。




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12/15

「あら、しんちゃんおはよう。今日は早いね」

朝食中、トイレから出てきた母に声をかけられる。

「そうでもないよ」

普段の起床時間がギリギリなので、多少早起きでも支度家に出るまでの時間は変わらない。

「しんちゃんこの人知ってる?すごくない?」

母が指をさしたテレビには。最近よくニュースで取り上げられる若い女性が映っていた。

「22歳でこんなに可愛らしいのに、今や世界的に有名な天才博士だって!」

「あんまり知らないけど、若いよね」

あんまりっていうか全然知らない。

「しんちゃんもこんな人になって欲しいなーなんてね」

自分に子供ができたら、こうやって比較しちゃうんだろうか・・・

「無理無理。学校行くね」

「あれ、もう出る時間なの?行ってらっしゃーい」




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――



学校



「・・・ん。」

今日はあいつ休みなのか。

まさか、昨日本当に行って風邪でもひいたのか・・・?

特に心配もせず、頬杖をつきながらぼーっとしていると


ガラガラ・・・


担任の先生が真剣な顔で入ってきた。

「えー。昨日の夜、雨海を見た奴は居ないか?」

様子がおかしいことを察知したのか、クラス中が一気に静まる

あまがい・・というのは、千春の苗字だ。

苗字で呼ぶ人はまず居ないので、先生が苗字で呼ぶと一瞬誰なのかわからない。

「・・・居ないのか。1時間目は自習。全員静かにしてろよ」

先生は早足で出ていった。

「・・・ねえ」

声をかけたのは、通路を挟んで隣の席に座っている宇佐川だ。

「ん?」

「昨日、あんたと千春が話してたやつじゃないの?」

宇佐川は青ざめている

千春と仲が良い事もあるし、昨日の話を横で聞いていたらしい。

「俺もそう思った。」

「ねぇ、やばいんじゃないの?誘拐とかされたんじゃ・・・」

宇佐川はそわそわしている。今からでも教室を出ていきそうな程だ

「落ち着け。まだ先生は昨日の夜千春を見たかどうかしか言ってないだろう」

「それはそうだけど・・・。」

「千春が何かトラブルを起こして、今職員室に呼ばれてるのかもしれない。それを目撃した人を探してたのかもしれないだろ」

「う、うーん・・・。」

返事はしたものの、納得できませんという感じだ。

俺も内心誘拐を疑っているが・・・。



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――






「ここだな」

「・・・。」

放課後の夕方。

鬱蒼とした森の一角に、枝がなぎ倒された跡を発見した。

俺と宇佐川は一旦家に戻ってから例の森まで来た。
結局、交番に寄る時間は無かった・・・。


最初は警察に任せようという事で俺は反対だったのだが
事を大きくして犯人に逃げられるのはまずいというのが宇佐川の意見だ。

どっちにしろ警察に話しておいたほうがいい気もするが
千春が行くのをあまり拒まなかった俺に腹を立てたのか、宇佐川は聞かなかった。

「・・・お前、何でそんなに荷物多いの?」

あまり身長の高くない宇佐川が、大きなリュックを背負っている。

「ほら、何かあったら大変でしょ?だから薬とか食べ物とかお菓子とか・・・」

「いらねぇ・・・」

宇佐川は運動部なので、いざというときに守ってもらおうと思ったが、どうやらそれは無理そうだ。

真冬だから、既に空は真っ暗だ。

「・・・あ、懐中電灯忘れた。」

「意味ねぇ・・・」

仕方ないので、俺が持ってきた懐中電灯を使う。


・・・


「うわー、なんだこれ・・・こんな所入って何するんだよ・・・」

入り口から歩いて数分

最初から人が歩けるような道ではなかったし、中に入ると密度はさらに酷くなっていた。

「これ懐中電灯意味あるのか?照らしても目の前の草木が光るだけじゃん」

「消したら草木も見えないじゃん。懐中電灯無かったら今頃怪我してるよ?」

忘れた奴が何を言うか。
っていうか宇佐川のリュックが途中で引っかかりすぎて、思うように進まない。



・・・



「本当に草木しか無いな・・・」

「?」

もう結構歩いたはずのに、目の前に広がる景色は一向に変わらない。

その不審者とやらが何か用事があってここに来ているのなら
用事を済ませるための開けた場所くらいはあると思っていた。

「・・・今日はもう戻らないか?真っ暗だしこれ以上奥に行くのは」

「ねぇ信一、あそこ・・・」

宇佐川は俺の懐中電灯を下に向け、押し殺した声で真っ暗闇を指さした。

「・・・?」

宇佐川は俺の方を掴みながら暗闇ばっかり気にしてたせいか、何かが見えるようだ。

「ほらあそこだってば・・・白いの」

「・・・!」

懐中電灯を消すと、月のわずかな明かりしか入ってこない。

そんな僅かな明かりでも、それを映すには十分だった。

「白衣を着た女か・・・」

といっても、暗すぎて性別まではわからない。
噂が正しければ女性のはずだ。

「何してるのかな?」

白衣の女は何かを探しているようだった。
必死に草木をかきわけている。

「あれー?おっかしいな・・・やっぱり入り口か・・・いや、でも・・・ブツブツ・・・」

女の声だった。

「入り口・・・千春があんたに渡したペンダントじゃないの?」

「かもしれないな」

ただ、連日目撃されている"不審者"に対して「そのペンダント知ってますよ」とは言えない

「どうしようか・・・」

「ペンダントある?」

「あるよ」

まさか

「おーい、そこのお姉さん」

「馬鹿!!」

「!?」

さすがにこんな夜の森の奥で人と遭遇するとは思わなかったのか、白衣の女がビクッとした。

「・・・なんだ君達は?」

白衣がこっちを向いた。

「暗視ゴーグルしてるね」

「俺は白衣しか見えないけどな」

「君達、一体何しにきた?」

「えーっと・・・」

こんな森の奥で科学者のような格好・・・場違いすぎるだろ・・・。

「答えろ。何しにきたんだ?・・・ん。」

白衣の女はポケットに手を入れている。刃物を取り出す気か・・・!?

「・・・キャンプでもしにきたのか?」

・・・宇佐川の荷物の事か!

「あーいえ、私たち、ペンd・・むぐっ!?」

「はい、キャンプです。まぁこの森は無理そうなんで、俺達は諦めては今から帰る所なんですけど、」

「・・・そうか。気をつけて帰りなさい。」

「はい、呼び止めてすいませんでした。」

「ほらいくぞ宇佐川」

「え、ちょっ・・・ええ!?千春はどうすんのよ!!ちょっと信一!?」ガササッ


「・・・。」




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――



森の入り口


「どういうつもり?あの人が犯人かもしれないじゃん!」

「警戒したアイツの挙動が明らかに怪しかっただろ。ポケットから何か出そうとしてたぞ」

「えー、携帯で誰か呼ぼうとしたんじゃないの?」

「どっちにしろ危険だろ」

「でも、あの人が千春を拐ったかもしれないんだよ?」

「場所が悪すぎてそれどころじゃなかっただろ。」

一応包丁を持ってきたんだけど、同じ刃物ならばあの森に慣れていそうな白衣の女のほうが圧倒的に有利だろう。
もっと便利なものを出されたら、それこそこっちは何もできない。

「じゃあどうするの?森からおびき出す?」

「日中、普通に会って話をできないかな・・・」
目撃は全て夜中だったのに、今回夕方にも居た。
と言うことは、日中に森に入って夜中に出てきているのかもしれない。

「え、じゃあ夜中に出てくるのを狙うのは?」

「夜中はこの辺りは人通りがほとんど無いし、アイツの仲間が複数いたら大変だ」

「・・・え、じゃあなんで夜中の目撃証言ばっかりなの?」

・・・偶然・・・と言うには厳しいか。

「・・・警察に通報しよう。俺らでどうにかできそうな問題じゃないだろ」

「・・・うん。じゃあ、また明日ね」





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12/16


宇佐川も居なくなった。


俺は警察にこれまでの事を話した。千春のこと、宇佐川のこと。


昨晩、宇佐川の家に誰かが侵入し、連れ去ったようだった

また、部屋が荒らされた形跡があったらしい

千春は、森の入口付近で手足を縛られた状態で発見された

昨夕、そこに千春は居なかった

だから俺は、最後まで話さなかった

犯人が探しているであろう物を。





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――







千春はすぐに病院に搬送された。

かなり衰弱していたようで、きっと今も病室で眠っている。

「・・・。」

・・・とりあえず、ちょっと仮眠を取ろう。

犯人の狙いがペンダントならば、今夜はうちに侵入してくる可能性が高い。

それなら、ペンダントと引き換えに宇佐川を返してもらう。

ついでにペンダントの中身を見てやったが、鏡があるだけで何も入っていなかった。

それを知った途端、犯人の狙いはペンダントじゃないのではないかと不安になった。

だからといって、俺がやる事には変わりがない。


そんな事を考えている間に、俺は眠りについていた・・・。






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12/17





ペンダントは奪われていなかった。

開閉式のチャームは二段になっていて、鏡を割ると新たな空洞が現れる仕組みらしい。

奪われてはいなかったが、中の鏡は破壊されていた。

犯人の狙いはこの鏡の中にあった何かだろう。

しかし、そんな事を確信した所で、今更どうにかなるわけではない・・・。





病院




学校の帰りに、千春のお見舞いに来た。

特に目立つ外傷は無く、回復も早いようだ。

多分無理をしているのだろうが、必死に元気に振舞っていたようで、明日にはもう退院してもいいらしい。


「私・・・恵に謝らなきゃ・・・」

恵とは、宇佐川の下の名前だ。

今はわりと落ち着いているが、俺が病室で宇佐川の事を話してから、千春は泣きっぱなしだった。

「悪いのは拐った犯人だろ。」

まぁ首を突っ込んだ千春も十分悪いが・・・。

「実は13日の朝、恵とあのペンダントを見つけたんだ」

そういえば毎日一緒に登校してるんだったか

だから入口見つけるの早かったんだな

「恵に一緒に中に入ってみない?って誘ったんだけど、断られちゃって…」

13日の夜は大雨だったか。絶対に行きたくないな・・・。

「それで俺を誘ったのか?」

「うん・・・」

あいつなりに責任感じてた・・・のか?

「まぁ断るのは当然だけど、とにかく今は自分がなんとかって責めるのは意味が無いからやめよう」

俺はこんな状況でも不思議と冷静だった。

千春が自分より悩んでいるから、自然と励ます側に回っているのもあるし

それに、千春がこうして無事だったのだから、宇佐川も恐らく生きている。

犯人の狙いは宇佐川じゃないし、早ければ今日にでも発見されるだろう

・・・何よりも、この予想が外れる事は考えたくなかった。

「・・・。」

千春の顔は暗い。

元々、千春は友達を巻き込んだ事を後悔しているのだから、他人が励ましても納得しにくいだろう

「私、あの日の夜中ね」

「大きい車に乗せられて、変な施設に連れていかれたんだけど」

施設?

「え、森にアジトがあるみたいな?」

「ううん、結構走ってたみたいだから、森の外だと思う」

そうだ、森の中は車が走れない。

千春は宇佐川ほど背は低くないし、簡単に車には押し込めないはずだが・・・

運動神経は最悪だ。

「車に乗せられたってことは、犯人は大勢?」

「結構大勢の人が居たみたいだけど、1人聞き覚えがある声があった」

犯人はグループか

「宇佐川以外にも誰か捕まってるって事か?」

「ううん、むしろ捕まえる方っぽい人で・・・誰だろ・・・」

千春は「えーっと」呟きながら頭を掻いている

犯人側に知り合いがいるのか?

「うーん・・・思い出せない・・・」

「知り合い?」

「いや、たぶん友達とかではないと思うんだけど・・・」

「そうか・・・」

友達に居たらさすがにビビる。





千春の話によれば、あの夜、何も発見できずじまいで森からの帰り途中、何者かに殴られ気絶。

目が覚めると、車の後部座席だったらしい。

縛られて暫く身動きがとれず、そのまま施設へ。

聞き覚えのある声が聞こえたらしいが、誰かは不明。

警察にもほぼ同様の内容を説明していたが、警察もそれだけではピンと来ないらしく、首をひねっていたらしい。




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――



夜 自宅



・・・・。


《―――ロット博士は夕方の会見で・・・》


「・・・。」




夕食の時間、テレビの音声だけが部屋に響き渡る。

母は黙り込んでいる。

《―――実験に関しては、そのような実験は一切・・・》


父も何か考え込んでいるようだが、新聞を広げていて表情がわからない。

さすがに生徒の行方不明となれば、保護者にお知らせが来る。

高校生にもなれば集団下校なんて物は無いし、先生は注意を呼び掛ける事位しかできない。

「・・・あ」

沈黙を破ったのは母だ。

「この人だよ、ほら、この前言った天才の!」

そういえば、何日か前の朝に聞いた気がする。

とりあえず事件の話はタブーとなった。

「あ、あぁ、この人が」

テレビには白衣を着た、いかにも博士ですといった態度の女性が映っている。

背は俺と同じくらいで、髪の毛は腰まであり、銀色だ。

「髪がなんか漫画みたいだね」

思いついた感想をストレートに言う

「んー、まぁほら、天才は変人が多いし!」

「そういうものかな・・・」

ちなみに両親は、俺の部屋に誰かが侵入した事を知らない。

「・・・。この人、何をした人?」

父が新聞を折り畳んで母に尋ねる

「さぁ・・・でも、この人の発明は本来数十年後に実現するようなものばかりだとか」

父は首をかしげる

「いや、まぁ知ってるんだけど、最近やたらとテレビに出るよな。ちょっと前まではそんなに実績は無かったはずだけど」

父は有名になる前から知っているようだった。






――――――――


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――




自室





結局、事件については何も聞かれなかった。

拐われた人が身近すぎるからかもしれない。

俺はベッドに横になりながら、破壊されたペンダントを眺めていた。


「・・・。」

持ち主が取りに来たのなら、ペンダントごとそのまま持って帰ればいいはずだ。

持ち主でない何者かがペンダントの中身を知っていて、持ち去った可能性がある。

「そうか・・・」

つまり、その本当の持ち主に罪は無く、それを狙う者達の犯行かもしれない。

部屋に戻ったらさっさと捨ててしまおうと思っていたが、持ち主は今も「どこかで落としたペンダント」を探しているかもしれない。



12/18

午前3時

半分は千春の時のように、ここに宇佐川が居るか確かめるため

もう半分は、例の白衣の女と会うため。

深夜の森の入口

辺りには誰も居ない。

不気味な空気が漂っている・・・


だが、今日の俺には武器がある。

台所から持ってきた6〜7種類の包丁、中ニの頃に角材を削って作った木刀、ノコギリ、金槌、ペンチ、ハサミ・・・

・・・以上だ。

家には本格的な武器がないので、とりあえず振り回すと怖いとされる物を持ってきたのだが

今考えるとまるで子供のオモチャのようだ

数はあるから、投げつければ脅威だとは思う・・・。


「こんばんは」


「!!?」


突然話しかけられ、俺は動けなくなった。


すぐ後ろから女の声だ。

まだ余裕はある。

振り向きざまに木刀を振れば・・・


「・・・!」



全力で右手に持っていた木刀を振るう。

「ヴォン!」と、当たればタダでは済まないように思わせる音が聞こえた。

力が強い方では無いが、さすがに全力で振るえば風を斬る低い音が鳴るようだ。



・・・この音が聞こえるということはつまり


外したと気付くのには時間がかかった。




「うわああぁあっぶな!?・・・って、何死ぬみたいな顔してんの?それこっちの顔なんだけど」


「・・・。」

しゃがんだまま鬼の形相で睨みつけてきたのは、同級生の水無瀬夏実(みなせ なつみ)だった

「なんだ水無瀬か・・・あーー、死ぬかと思った・・・」

「いやこっちの台詞なんですけど」

夏実は幼馴染では無いが、俺、千春、宇佐川とも仲がいい

夏実と知り合ったのは去年の高1の頃

今年は忙しかったのか、あまり姿を見ることはなかった。

「っていうか何その、なにそれ、木刀?」

「あぁ、えっと・・・うん」

「ぶはぁっ!」

「・・・。」

どうせ角材を削っただけだ。

「・・・なんで水無瀬がこんな所に?」

「うぇ?あー、宇佐川を探しに来た。」

砕けた話し方をする子だ。

宇佐川が去年部活で大怪我をした時に、同じく大怪我をして入院中だった夏実と友達になった

それから、千春、俺とも知り合いになり、時々連絡を取っていた

「お前も拐われたらどうするんだ」

「大丈夫大丈夫。私こう見えても強いからね」

背が高いだけだ

「ま、信一が見てくれるならいっか。・・・あ、森の中入っちゃ駄目だよ?」

「いや、ちょっと入り口を見に来ただけだよ」

「ほうほう・・・」

夏実は入り口を見つめている

「そんじゃ、私は帰るね」

「捕まらないように気を付けろよ」

「はっは、木刀持った高校生がうろついてるほうが捕まるって」

夏実は小走りで帰っていった。


・・・さて、どうしたものか・・



「こんばんは」


後ろから女の声


「わざわざ回りこんできたのか、早く家にかえ――!?」


油断した。


「言われなくとも撤収つもりだったのだが、声がしたのでね」


「・・・!?」

今なら街灯に照らされてはっきりとわかる。

「シャーロットだ。よろしく。」

真っ白な白衣

銀色の、腰まで伸びたストレートの髪

背はテレビで見た時の印象とは異なり、自分よりも高かった。

「・・・え・・・・っと・・・」

昨日の夜テレビに出ていた人間とそっくり。

というか、同じだ。

シャーロット博士。

「君は、先日キャンプに来ていた少年だな」

「・・・はい。」

完全に相手のペースだ。

「誰かと話していたようだが、また男女でキャンプでもしようとしていたのか?」

片手に木刀持っているから、キャンプにしては明らかに不自然だ。

「この森はキャンプには適していないのはもう知っているはずだが」

「・・・。」

「それと、その片手に持っている――」

シャーロットは俺が背負っているリュックや、手にもっている木刀を指さし、堅い口調で問い詰めてくる。

「・・・ところで、君たちは私を誘拐犯か何かと考えているようだが」

「ッ!」

全て知っていたのか

「そんな決め付けはしないほうがいい。」

思わず木刀を構えそうになったが、シャーロットは全く動じなかった。

「まぁ、今回は見逃してやろう。相手が優しい私でよかったな。」

シャーロットはすれ違いざまに俺の肩をポンと叩き、そのまま通りすぎていった

「風邪に気をつけるんだぞ、少年。っはっはっは」

わざとらしく高笑いしながら、真っ白な白衣の女は闇に消えていった。


〜♪

「!?」

携帯が鳴った

千春からだった

「ピッ」

「まだ起きてたのか・・・もう夜中の3時だぞ・・・」

そもそも病院は携帯禁止じゃなかったか?

「・・・」

「・・・ん?」

「・・・ザザ・・・」


何だ・・・?


「ザザ・・・ザ・・・」

砂嵐に似たような音が聞こえてくる・・・。

「おい・・・千春・・・?」

「ザザ・・・ザザ・・・」

人の声は聞こえてこない

「・・・からかってるのか?」


「ブツッ・・・」


切れた。

「・・・」

こういうの、夏のホラー番組でよくあるよな・・・

きっと押し間違えでかけたか、寝ぼけてたんだろう





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12/19 



今日は土曜日なので、学校は早帰りだ。

学校には千春が来ていた

隣の席に目をやったが、宇佐川は来ていない

「あれ、もう学校に来てもいいのか」

「うん、特に怪我はしてないからね」

「そうか・・・」

犯人が人を誘拐する理由がよくわからない。

千春が人質だったのなら、わざわざ宇佐川の家に犯人達自らが行く必要は無い

証拠を残してしまう危険性もあるし、解放もそう簡単にできない

でも宇佐川に至っては、目的の物を手に入れても帰ってこない。

目的の物は複数あるのか、宇佐川は知られたらまずい事を知ってしまったのか

「・・・」

「どうしたの?」

千春が顔を覗き込んでくる

「え?いやぁなんでもないけど」

目を逸した瞬間、千春の右手首に切り傷が見えた

「どうしたんだそれ?」

「これ?昨日料理してみたら包丁で切っちゃって」

「右利きなのに?」

「え?うん・・・」

「どうやったら切るんだ・・・」

「あ、そうだ千春」

「んー?」

「聞き覚えのある声って、この人じゃないか?」

今朝の朝刊にシャーロットの記事が一面に出ていたので、切り取ってきた


千春がビクッとする


「あぁ〜そうそう!この人だよ!」

クラスの何人かが会話を中断してこっちを見る

「記者会見の写真?っぽいけど、何か悪い事したのか?」

「確か、怪しい実験をしてるんじゃないかって、ブログが大炎上したらしいよ」

ブログ炎上で記者会見って・・・どんだけ炎上してたんだよ

しかも

「怪しい実験ってだけで炎上するのか?普段何してる人?」

「わかんない。最近いきなり有名になったんだよ。この人は、世界で始めてのはずの大実験の結果を正確に言い当てるらしいよ」

・・・?

「それだけ?」

「うん」

「そんなの、実験前から大体見当がついてる結果パターンの中から選んで、偶然言い当ててるだけじゃないのか?」

「うん、だから最初は知ったかぶりとしか思われなくて、相手にされてなかったんだよ」

「でも結果の詳細から失敗の原因に至るまで、去年から何度も何度も的中させて
 今年に入ってから、遂に自分の研究施設を持つほど有名になったらしいよ」

嘘みたいな話だな・・・

「・・・そのシャーロット博士っていうのは、自分で何か成果を出したことはないの?」

「うーん、自分の施設を持ってからは静かになったね。
 実験の結果がどうなるとか言わなくなったし、最近はテレビで顔を売るだけになった」

何か裏でコソコソやってるわけか

シャーロットがこの事件の主犯だとすれば、目的は何が考えられるだろうか・・・

「千春が運ばれたのって、そのシャーロットの施設じゃないのか?声がしたんだろ?」

昨日の夜、俺は森の入り口でシャーロットに会っている。

「うーん、絶対にシャーロット博士の声かって言われると自信無いけど・・・」

千春は自信なさ気な顔になる

「その施設って何処にあるの?」

「実はそれが全く知られてなくて、ブログのコメント欄でも「施設の場所はどこなんだ」ってよく話題に出てるみたいだよ」

ますます怪しいな・・・


帰りに宇佐川の家に寄ったが、両親と姉は留守だった

宇佐川の姉にはほとんど会ったことがない。

千春の家も両親はおらず、千春によれば買い物に行っているらしかった。






――――――――


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――――


――







俺は帰ってきてからすぐに二階へ駆け上がり、パソコンを立ち上げた、

母親に手を洗えと怒られたが、それどころじゃなかった。


「シャーロットの研究室・・・全く捻りが無いな・・・」


ブログはシンプルな作りで、デザインは主に薄いクリーム色が使われていた

記事は11月20日に書かれたものが最新で、炎上してから更新はしてないといった感じだ。

といっても、更新は二週間に一度程度でマイペース

内容は本当にただの日記というか、生活感溢れるものだ。

コメントは最新記事を除いてほとんどがゼロ。

「205333件・・・」

その数は尋常じゃない。





<こいつ最近テレビに出すぎなんだよ。芸能人気取りなの?>

<自分は何もしてないのにドヤ顔してるのがうざい>

<シャーロットは研究施設持ってるんでしょ?今までの行動は資金集めのためで、現在はそこで何かしてるんじゃないの?>

<テレビで人気取ってるから、悪い事してもとりあえず否定してれば許されるみたいなのがムカつく>

<お前ら好き勝手言ってるけど訴えられても知らんぞ>

<テレビの態度が全部だと思ってる奴は居ないだろ。胡散臭いし、何考えてるのかわからない>

<いえーい、シャーロットちゃん見てるぅー?>

<シャーロットの施設ってどこよ?ググっても出てこないんだが>

<↑自分で調べろよ。まぁ俺も知らないけど>

<施設の場所は俺も気になる。あとこいつってもしかしたら未来人なんじゃね?>

<またその手の話かよ。そういうのもうお腹いっぱいだし、また荒れるからやめろ>

<荒れるも何も、お前らコメント欄の使い方間違ってるけどな>

<↑×3 俺もずっとそう思ってる。シャーロットは結果と原因を知ってるだけで、具体的にどうすれば成功するのか
 言えないことが多かった。>

<この前草むらから誰か這い出て来たと思ったらゴーグル付けたシャーロットでワロタ>

<↑うそつけwww>

<言えないっていうか「こうすれば成功する」とは言うけど、詳細を言わないんだよな。
 例えば料理で、塩を増やしたほうがいいとは言うけど、どれ位かは言わない>

<誰かシャーロットの施設について情報持ってないのか?また話がそれていってるぞ>

<↑そもそも施設なんて無いんじゃね?こんだけテレビ出てれば生活に困らないし
 こうやって謎を散りばめて話題の中心になって、テレビに出ることが目的だったんじゃないか?>

<じゃあこいつロボットなんじゃね?資金集めのために作られたロボット
 研究者が全員グルなら結果の的中がどうのっていうのはできない事も無いだろう>


・・・


コメント欄は、シャーロットに対して感じてる事、施設の事、うわさ話がほとんどだった。

その様子は、一般的に見られる「炎上」とは少し違った。

謎多き女に対して感情や持論ぶつけているうちに、自然と溜まり場になっていったようだ

どれも予想の範囲を出てないし、突拍子も無いものもいくつかあった。


「これだけのコメントがあるのに、使えそうな情報は全く無いな・・・」

誘拐事件については全く触れられていなかった。

「・・・。」

そういえば、千春から無言電話が着ていたんだ。


ピッ


プルルルル・・・・


プルルッ・・・ガチャッ


「もしもし」

千春の声だ。

「あのさ、夜中に電話かけたでしょ?」

「え?」

「発信履歴見てみ」

「・・・ホントだ」

「あれって何だったの?」

「・・・え、私、その時何て言ってたっけ」

「ん?何か言ってたのか?」

「え、いや・・・うん」

「電波が悪かったのかもしれないけど、俺は聞き取れなかったな」

「そっか・・・じゃあ、思い出したらまたかけるね」

「わかった」

「じゃあ、おやすみー」





12/20


深夜


昨日と同じ装備で森の前まで来た。


「おおう、信一じゃん。今日もいるねー」

夏実は俺を見つけると手を振る

「昨日お前と別れてすぐ、シャーロット博士と会ったぞ」

「え・・・」

夏実の顔が真剣になる

「何かされなかった?」

「いや、特に何も・・・肩を叩かれたくらいかな」

「なんて言ってた?」

夏実もシャーロットを探していたようだ

「んー、事件との関与を否定してたくらいかな」

「ちょっと信じられないね」

そういえば、夏実って普段何をしてる人なんだろう・・・。

「水無瀬はシャーロットの事知ってるのか?」

「んーまぁね。シャーロットは平気で嘘をつくから、気をつけたほうがいいよ」

謎の繋がりだ。

「水無瀬も誘拐事件の犯人はシャーロットだと思ってるのか?」

「ほう、信一はそう思ってるんだ?」

「え?いや・・・あぁそうだ、これ」

俺は夏実に壊れたペンダントを渡した

「・・・何これ?壊れてるね」

「千春がこの辺で見つけたらしい。その時は壊れて無かったんだけど…」

「ほんと?」

夏実はペンダントのチャーム部分をいじっている

「・・・駄目かー」

「何してんの?」

「ねね、このペンダント、私が預かっててもいい?」

「何で?割れてるし危ないだろ」

「いいからいいから」

夏実はバッグにペンダントを入れた

何だろう?

重要な証拠のはずなのに

手放してはいけないと思っていたはずなのに

何故か夏実に取られても、嫌な感じはしなかった。


「・・・それ、事件に関係あるかもしれないから、途中で返してもらうかもしれないけど」

「ん?うんわかった」

夏実はニコニコしている

「俺はさ、そのペンダントの持ち主は事件の犯人じゃないと思ってるんだけど」

「シャーロットがこのペンダントを探してたって事?」

そうか、シャーロットがペンダントを探してたって思ってるのはまだ俺くらいなんだ

「・・・じゃないのかな?」

「ふーん・・・信一が知ってる事全部、詳しく聞かせてほしいな」


夏実と1時間ほど立ち話をし、朝4時までシャーロットを待ち続けたが、今回は現れなかった。

暫く会っていない間に事が起こったからか、千春の怪我の話に対してはやけに食いついていた。






――――――――


――――――


――――


――






日曜日


俺が起きて二階から降りてくると、両親はテレビに釘付けになっていた。

画面を見た瞬間、自分も両親と同じ表情になった。


《――シャーロット氏と見られる女性の遺体が――》

誘拐の主犯はシャーロットで…

《遺体の損傷は激しく、特に頭部はハンマーのような物で――》

誘拐の主犯はシャーロットで…

《――犯人を死体遺棄、死体損壊の疑いで――》

「おい、これ近所じゃねぇか。信一郎、休校のお知らせとか来てないのか?」

「いや。」

誘拐の主犯は…?

「まぁ、寄り道はしないで早めに帰ってこいよ。」

・・・もう、何もかも滅茶苦茶だ。



夕方



俺はベッドで横になっていた。

誘拐、窃盗、殺人。

犯人だと決めつけていた奴も、この世には居ない

何かを突き止めようにも、手がかりは何も無い。


俺は何となく、パソコンを立ち上げた。

見る場所と言えば、一つしかない。



<ゴキブリシャーロットざまあwwwwどうせカサカサ仲間ともめたんだろwwwwwメシウマwwww>

<さすがにこれは笑えないわ。メシウマとか言ってる奴の神経を疑う>

<頭をハンマーで破壊してめった刺しって、どんだけ恨みがあったんだよ。俺が近所だったらガクブルで家から出れない>

<↑お前は普段から自分の部屋から出てないだろ>

<警察の人間だけど、死体の状態が本当に酷かった。なんか脳が無かったし、四肢はよくわからない事になってて、後輩が盛大にゲロってた>

<↑がマジなら、天才の脳を部屋に飾りたいとかのイカれた奴かもな>

<ご冥福をお祈り致します>

<俺ここで散々悪口書いてたから呪われそうで怖い>

コメントは25万を超えていた。

某巨大掲示板の方も盛り上がっていたが、ほとんど同じような事が書かれていた。

「・・・。」


<俺さ、最近こいつが近所の森から出てくるの見たんだけど、施設ってそこにあるんじゃね?>

<↑それ知ってる。森に白衣の女が出入りしてるって奴だろ?>

この辺に住んでる人か・・・

千春の話で、施設は森から離れてる場所だってわかってる。

<それそれ。正直当時はシャーロットかどうかはわからなかったけど、死体が見つかった森と同じだし、普段から白衣着てるのってこいつくらいしか居ないだろ>

<↑マジか。ちょっと近い奴で集まって探索してみない?>

<俺そこから60キロ離れてるけど、集まるなら行くぞ>

<探偵ごっこはやめとけ。犯人がただのキチ○イだったらどうするんだよ。それに森の中で発見されたんだから、もう封鎖されて入れなくなってるだろ。>


探索の流れはすぐに収まった。

犯人が捕まって無い以上、平気で森に入る度胸がある人は居ないのだろう。

「何か無いのか・・・」

書き込みは今も続いている。

更新を押す度に、新たなコメントが現れる

<炎上した原因って何か実験をしてるって話だったけど、何やってたか知ってる人いないの?>

<シャーロットの医療技術はすごいって聞いたことはあるな。臓器移植なら任せろって感じ。>

<それは実験と何か関係あるの?シャーロットはマッドサイエンティストって言いたいの?>

<ゾンビみたいな奴が居たんじゃなかったっけ?>

ゾンビ・・・?

<実験が話題に上がったのはゾンビ事件からだな。テレビでは報道されなかったし、ニュース記事も今では消失してる>

<過去ログ見ればわかるけど、半身が腐ってる人が歩いてるってスレが先月立ったんだよ
 そっから次々にゾンビみたいな奴が発見されて、シャーロットが疑われた。>

<施設ができたって話が出たのもちょうどその頃だし、何よりもシャーロットはアンチが多いからな>

<リアルバイオかよ。今までノリで叩いてたけど、シャーロットおっかねぇな。もう死んでるけど>

ゾンビの事件なんて初耳だ。

掲示板なんて普段は見ないし、テレビではやってないって言うんだから、知らないのも当然かもしれないが

夏実は何か知っているだろうか・・・

「・・・あれ」

今更気付いた、俺は夏実のメルアドと電話番号を知らない。

時々ひょっこり出てくるから、近所に住んでいる事は知ってるんだけど・・・

「今夜もあそこに行くか・・・」




――――――――


――――――


――――


――

12/21

深夜


立ち入り禁止の森


いつもの装備でいつもの場所にやってきた

木刀を持つのが若干恥ずかしくなってきたが、まぁ武器にはなるし。


入り口だった場所には黄色いテープが張り巡らされ

警察の人が多数踏み込んで調査したのか、道が開かれている。

「危険、立ち入り禁止か・・・」

「そうだね」

「!?」

待ち伏せしていたのか、夏実が後ろに居た。

「水無瀬・・・もうここは危ないぞ。」

夏実はいつもワンピースにバッグをぶら下げている。今の時期は寒そうだ。

「いやいや、それを言ったら信一郎も危ないでしょう」

確かに、強靭で狂った殺人鬼が襲ってきたら俺なんかひとたまりもなさそうだ

「そうだ、シャーロットが何の実験してたのか、知らないか?」

「んー?知らないけど。なんで?」

知らないのか。

「じゃあ、ゾンビのなんとかって事件は?」

「んー、知らない」

夏実はキョロキョロした。

俺は今の動きで「何か知ってるな」と思った。

そらしただけでは疑わないが、明らかに動揺した瞬間があった。

「本当?」

「ほんと。・・・え、私の事疑ってるの?」

夏実の声は震えている

もう他に手掛かりは無い。

「何か知ってるだろ?」

「え、私、誰も殺してないよ?二人を、拐ったのも、私じゃないし」

なんか俺が怖くなってきた。

「・・・別に事件全体の犯人として疑ってるんじゃないぞ。ゾンビ事件について聞いてるんだ」

「あぁ、それは、え、知らないよ?うん」

「頼む。もう他にあてが無いんだ。」

俺が頼み込むと、益々変な空気になった

「いやぁ、知らないのにそんな謝られても・・・あはは・・・」

夏実は頑固だ。それはよくわかっている

「言えない理由は何だ?誰かが圧力かけてるのか?」

「いやぁ、だからさ・・・」

夏実は首から下げたペンダントのチャームをいじり始めた。

今気づいた。あのペンダントだ。

「あれ、お前そのペンダントって・・・」

割れたガラスは取り除かれ、見た目は綺麗になっていた。

「あ・・・あ・・・」

両手をどこにやったらいいのかわからないのか、服を掴んだり、長い髪の毛をねじったりしている

「えっと私、もう帰らなきゃ」

夏実は背を向けて去ろうとする

「待った、帰るならメルアドと番号を教えてくれ」

ゾンビ事件について、メールの方が言いやすいかもしれない。

「・・・わかった」

明日、もう一度この件について夏実に聞いてみよう。




――――――――


――――――


――――


――









「・・・」


教室には異様な空気が漂っていた。



「・・・何だ?」


「何が?」


宇佐川が

平然と自分の席に座っている。


「え、宇佐川、誘拐されてたんだよな?」


「うん、でも何か助かった」


千春の方をチラ見したが、今までに見たこと無いような顔をしている

たぶん俺もあんな顔で驚いているんだろう

というか、クラス全員そんな顔で宇佐川を見ている。

・・・対する宇佐川は平然としている、なんとも不思議な光景。



ガラガラ・・・


「おーいお前ら、早く席にッ・・・・」

入って来た先生も同じ表情。

「みんなどうしたの?私、居ないほうがいい?」

「宇佐川、学校側に何も連絡来てないが、まぁそれよりも、警察には行ったのか?あとお前怪我とかは・・・」

「大丈夫です」

宇佐川は至って冷静だ。

「恵、何か変な事されなかった?」

千春は宇佐川を心配する

「特になにもされてないけど、目隠しされっぱなしだった」

しかし、それ以外はいつもの宇佐川と何ら変わりは無く、自然といつも通りになっていった・・・。




――――――――


――――――


――――


――





「そっか、どこかで聞いたことあると思ったら確かにシャーロット博士の声だ」

宇佐川は納得する

「でも今は死んでるし・・・宇佐川は何か心当たり無いか?」

「捕まってた時?・・・んー、夏実っぽい声が聞こえたかな?」

「・・・え」

「夏実ちゃんって、最近見ないよね?事件に関係あるのかな・・・」

千春は考え込む

俺も今の宇佐川の発言を聞いて、背筋が凍る


夏実は二人が拐われたのを知っていて、ゾンビ事件についても何か知っている

二人の誘拐について、警察は知っているが、テレビはおろか新聞記事にもなっていない

シャーロットは惨殺死体で発見された。

シャーロットの施設は森から離れた場所にある

シャーロットが探していたであろうペンダントは、夏実が首から下げていた。

主犯はシャーロットじゃないのだとしたら

「どうしたの?」

千春が顔を覗き込んでくる

「・・・。」

いや、それにしては話が出来すぎだ。

夏実は既に犯人グループに捕らわれていて、脅されているのかもしれない。

思わせぶりな行動をとらせて、夏実を犯人の囮として警察に差し出せば・・・

「顔真っ青じゃん。保健室行ったら?」

宇佐川にも心配される。

「いや・・・。」

二人に顔を覗き込まれ、俺は目をそらした。

そらした先に、千春の包帯グルグル巻きの右手が目に映った。

「・・・・なんだ、それ」

「あぁ、これね、怪我だよ。怪我したんだ。」



この傷って確か・・・




――・・・どうしたんだそれ?』

『これ?昨日料理してみたら包丁で切っちゃって』

『どうやったらそんな所切るんだ・・・――



「・・・。」


「・・・千春」

「ん?」

「その右手さ・・・」

千春は「あぁ、これ?」と言いながら、自分の右手を見せる

「マンションの階段下りてたら骨折しちゃってさ、ははは・・・」

そうだよな・・・。

「千春は前からドジっ娘だよね。そのうち大怪我しそうだから気を付けなよー」

「既に大怪我だろ」

「はははは・・・」

千春は苦笑いを浮かべていた。





――――――――


――――――


――――


――



放課後


シャーロット惨殺の犯人が捕まっていないという事で、集団下校となった。

先生曰く、千春と宇佐川方面の人は珍しく、女子二人では危険だという事で、俺が付き添うことになった。

俺の帰り道は正反対だし、俺だって怖いと訴えたが、軽くビンタされた。

「恵、また明日ね」

「ありがとね千春、信一」

宇佐川の家は千春の家よりも遠いので、二人で宇佐川の家まで付き添った後、俺は千春を家まで送る形になった。

ちなみに、今日はどちらの家にも両親が居た。





俺は掲示板でシャーロットの事件についての書き込みを見ていた。

「あぁ・・・そうか・・・。」

正直、俺の主観では、もう事件はほとんど解決していると言ってもいい。

千春も宇佐川も戻ってきた。

盗られた物はペンダントの中身

でもこれは元々俺達の所有物ではない

あとはすべて警察に任せ、俺達は今まで通り高校生活を過ごせばいい。

来年には受験があるし、物騒な事に首を突っ込む理由もない。

わかっていないのは

あのペンダントが一体何なのか

シャーロット惨殺の犯人

ゾンビ事件

これは、俺に直接関係あるだろうか?

いや、無い。

「・・・。」

自分にかかわる大きな問題が無くなっている事を確かめ、若干ニヤつきながら

<シャーロットを殺したのがライバルの科学者なら、施設でやってる実験について揉め事があったのかもな>

最初に目を通した書き込みがこれだった。

「ライバルの科学者・・・?」

余計な感情だとわかっていても、これまでどういう流れだったのか知りたいという興味が沸いてしまった。

それは不安では無く、自分が最初から事件に関係のないかのような

今後この事件がどう進んでいくのかを見物してやろう

そんな気持ちだった。

<警察が惨殺事件の調査を打ち切ったって本当?>

<ソース出せよ。適当な事書いても無視されるだけだぞ>

<地元のスレに貼られてたんだけど、これ>

URLが貼られていた。

見てみると、例の森を映した写真だった。

「テープが・・・無い・・・?」

入り口付近の草がなぎ倒されているところを見ると、早朝に見たものより後で間違いないようだ。

「・・・。」

<どういう事?ただの森の写真にしか見えないんだけど。何か映ってる?>

<おい心霊写真とかやめろよ。俺最近悪いことばっかりで参ってるんだから>

<これ事件現場だろ。警官が一人も立ってないし、閉鎖もされてないって事じゃね?>

<そういえば、シャーロットのニュースってあれから続報無いな>

<誰かが警察に圧力をかけてるって事か?>

<さすがにこんな有名な奴が死んで、事件なんて無かった状態にはできないだろ。>

<まぁ、俺らには直接関係ないし、熱が冷めるまで待つって事なんだろ>

スレッドの流れは、事件の捜査が中断されているのではないかという問題に移っていた。

<ゾンビに殺されたんじゃね?脳が無くなってたんだろ?近い奴は気をつけろよ。夜中に食われるぞ>

<おいなんかそれっぽい要素食い込ませるのやめろよ。脳はほら、殺したのは科学者で、そいつの趣味だろ>


脳は食われた・・・?


<そういや博士と学者と科学者ってどう違うの?教えてエロい人>

<シャーロット博士は研究者だよ。>

<じゃあシャーロット博士は科学者で研究者の一妻多妻だけど学者たん捨てられてしまったん?学者たん可哀想>

<お前はもう寝ろ>

<知り合いで、大したことない怪我の場所が腐ってる奴が居たら注意しろ。そいつはゾンビだ。>

<ゾンビとかいつの話だよって、あれは先月だったか>

<シャーロットは日本中をゾンビで満たすつもりだったんじゃね?途中でしくじったんじゃ>

<明日ハロワ行こうと思ってたけどゾンビが怖いからやめた>

<おいおい、そんなゲームみたいな話あるわけないだろ・・・ないよな?>



・・・。


確かめていった方がいいのだろうか。

本当は確かめないほうが幸せなのかもしれない

少しづつ疑問に思っていた事を。

こんな書き込みを信じるのは愚かな事だろうと思う。

でも、俺のこの不安は、真相を確かめるまで消えることは無い・・・。


――――――――


――――――


――――


――



12/22





・・・。



「朝・・・か・・・。」


最近短時間睡眠が続いていたせいか、寝落ちしてしまったらしい。


夜が明ける前に確かめようと思ったが、仕方ない。


学校


「宇佐川・・・あれ」

まだ来ていないらしい。

今日はちょっと早めに来たんだけど、千春もまだか。

二人は今日も一緒に来るんだろうか



ガラガラ・・・


千春が教室に・・

「あれ、信一今日は早いね」

右手は包帯のグルグル巻き

俺は寒気がした。

クラスの数人が気付き、驚いていた

宇佐川は一緒じゃない。

「千春・・・?右手、どうしたんだ?」

俺は言いながら千春の右腕を掴む

やるしかない


「あぁちょっと、これね・・・昨日ちょっと階段から落ちちゃっ――




グシャッ・・・



「て・・・え・・・?」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



教室の空気が凍りつく。






千春の右腕は簡単にもげた。


今まで肩くっついていたのが不思議なほどに。


俺は今までに無いほどの嘔吐感に襲われた。


何が起ころうと覚悟していたつもりだったのに、震えが止まらない。


身体中が冷たい。



「あ・・・あ・・・」


「千春・・・お前・・・・・"ゾンビ"だろ・・・」

さも知っていたかのような態度をとってみるが、内心今にも逃げ出したい。

俺の左手には、幼馴染の少女の腐った右腕が握られている。

左手は石のように動かない。手離したい気持ちでいっぱいなのに、まるで自分の手じゃないみたいだ

千春の右腕の腐食は肩まで進んでおり、血は通っていなかった


「「きゃああああああああああッ!!!!」」


数人の女子が悲鳴を上げる。

他の生徒はそれをなだめる余裕も無く、ガタガタと音を立てながら、急いで教室から脱出した

混乱の中、我先にと逃げ出そうとした生徒によって椅子と机はなぎ倒され、足の踏み場はほとんど無くなっていた。




・・・・。




「・・・あぁ・・・あ・・・」

教室に残ったのは、千春の右腕を持った俺と

それを見て、ただ震える千春だけだった。

「・・・ゾンビが発生したっていう事件。俺も詳しい事は良く知らない」

震える唇が勝手に動く




『ゾンビに殺されたんじゃね?脳が無くなってたんだろ?近い奴は気をつけろよ。夜中に食われるぞ』

俺の頭の中は見かけた昨日の書き込みでいっぱいだった。



「・・・。」



「お前は千春なのか?偽物なのか?はっきりして欲しい。」



『脳は食われた・・・?』

千春は人を食べるのだろうか・・・?


「それ・・は・・・」

「なんで偽物かと思ったかって?」


俺は、千春に殺されるのか・・・?


「無言電話の事を聞いた時、変に動揺してたよな」


「え・・っと・・・」


「深夜に無言電話をかけてきたのが本物の千春で、お前はニセモノなんじゃないのか?」


「・・・。」


千春は目に涙を浮かべている


「・・・ごめんね・・・ごめん・・・」


「謝るって事は、当たってるってこと――



千春は、何か黒い物体を俺に向けていた。


「ッ・・・!」


敵を舐めていた。


気付けば周りには誰もいない、無音の教室。

居るのは俺と千春



と、背後に一人。



「・・・・・。」

背後の一人は、息をゆっくりと吸い、勝ち誇った声で喋り始めた。

「甘いなぁ、少年。っはは、実に甘い。」

聞き覚えのある声。

「・・・しんだはず」

「あぁ、死んだはずだな。シャーロット博士は。」

俺の背中に当てられているのは、千春が持っているソレと同じものだろう。

「これは・・・なんだ・・・?」

「拳銃を実際に見るのは初めてか?ふむ、そうだな。これは――

「違う。何で千春が拳銃を持っている?」

「はっはっは、それは今お前が彼女の右腕をもいで証明したばかりではないのか?」

「こいつは、一体何なんだ?」

「あ・・・あ・・・」

「君が言った通り、世間ではゾンビと言われている物だ。」

「じゃあ・・・」

「質問タイムは終わりだな。死ぬ者に対して長話するほど暇ではない」

くそッ!まだ何もわかっていない・・・!

「千春!!」

「!?」

千春は銃を持ったまま身体をビクゥッと跳ねさせる

「俺を撃ってみろ!!」

「え・・・えぇ・・・・」

千春の利き手は右手だった。

今銃を持ってるのは左手。

あと、シャーロットがわざわざここに来るのはつまり、千春じゃ俺を確実に殺せないって事じゃないか

「少年、血迷ったか?」

「良いから撃て!ほら!心臓狙って撃ってみろよ!!」

貫通したら、シャーロットにも銃弾が当たる

・・・逆に言えば、シャーロットが撃てば、貫通して千春にも当たるのだろうか

いや、拳銃にそんな威力は無いか・・・?

「君は何か勘違いしているな。」

「何・・・?」

「君の目の前にいる少女が"ニセモノ"だとしよう。あぁ、よくできた偽物だ。」

「・・・。」

「今、君はあわよくば私を道連れにでもしようとしているようだが・・・」

「どうやって私が"ホンモノ"であると証明するんだ?」


何を・・・・言ってるんだ・・・・・?


「もし私がゾンビなら、君の犠牲は本当に意味がないな。いずれ腐敗するのだから。」

何か・・・コイツを黙らせる方法は・・・


・・・千春の後ろのにある、教室の扉の子窓を見た時

黒い拳銃がもう1つと、わずかに見える片目がこっちを向いていた。

「・・・・・・。」

あれは、どっちを向いている・・・?

俺なのか、シャーロットなのか。

一見、どちらも撃とうとしているように見える。

「さて、それじゃあ――


その瞬間、耳を劈く破裂音が響き、シャーロットの声はかき消された。


「がッ・・・・あ・・・ッ!」


凄まじい痛みが身体中を何度も駆け巡る


撃たれたのは、俺だった。

視界が滅茶苦茶になる

意識を保つ時間が長ければ長いほど、この地獄を味わい続けるのだろう。


千春は?シャーロットは?

耳鳴りが激しい。

撃ったのはどっちだ


何も見えない


シャーロットは喋り途中だった。

じゃあ千春か、それとも

撃ったのは

どこを撃たれた

死にたくない


俺は・・・・・・





―――――――――――


―――――――――


―――――――


―――――


―――






・・・・。



「う・・・ん・・・・」

窓からは太陽の光が射しこみ、外からは鳥の鳴き声が聞こえる。


・・・朝?


「・・・え?」


バサッと音を立て、ベッドから飛び起きる。

夢落ち・・・?

「いや、そんなはずは・・・!」

今日は何日だ?

携帯・・・

<12/20 6:24>

そう表示されていた。

「・・・・・・。」

夢?

一体、どこからどこまで?

事件は夢か?現実か?

千春の腕は?

「・・・あ」

鞄を調べたが、ペンダントは無かった。


・・・事件すら無かった・・・?


じゃあ、19日までの記憶も正しいのか不明だ。

19日は、何があったっけ・・・?

えっと、シャーロットが死んだのは確か・・・

いや、あいつは死んでない

「いやそもそも、その辺全てが夢で・・・」

19日に何があったのかを思い出しながら、階下に下りていく

ただ前日にあった事を思い出すだけのはずなのに、それが難しい。

「えーっと・・・」

俺が二階から降りてくると、両親はテレビに釘付けになっていた。

画面を見た瞬間、自分は顔面蒼白になった。


《――シャーロット氏と見られる女性の遺体が――》


「っは・・・?」


頭部はハンマーのような物で


《遺体の損傷は激しく、特に頭部はハンマーのような物で――》


犯人は死体遺棄と損壊の疑いで


《――犯人を死体遺棄、死体損壊の疑いで――》

「おい、これ近所じゃねぇか。信一郎、休校のお知らせとか来てないのか?」

「・・・・・・。」

「おい、聞いてるのか?・・・お前、顔真っ青だぞ」




――――――――


――――――


――――


――



「なに、休日にどうしたの?」

俺は部屋に戻ってすぐ、千春に電話をかけた。

「お前・・・いや、水無瀬の電話番号知ってるか?」

右手の事を確認しようとしたが、それは次に会った時にする

「知ってるけど、なんで?」

「今すぐ用があるんだけど、教えてくれないか?」

「えー、勝手に番号教えるのは良くないよ。伝言なら私が伝えるよ?」

夢の中ではシャーロットが死んだ後、俺はブログのコメントを見て、ゾンビ事件を知った。

そのあと、夏実がゾンビについて知っているか聞くために、深夜に夏実と会った。

それで、夏実はゾンビについて何か知っていて、それを問い詰めようと

「信一?聞いてる?おーい」

「あぁうん、聞いてる」

その時、ペンダントは夏実がぶら下げていた。

「伝言っていうか、こっちに電話かけてくれるように頼んでくれないかな?」

「何?デートでもするの?いやらしいー」

「デートじゃないし、何がいやらしいんだよ。いいから呼んでくれ」

「まぁ良いけど、追跡しちゃおっかなー♪」

「それじゃ」

「えー、また明日ね」

「あぁ」


ピッ・・・

「よし・・・」






――――――――


――――――


――――


――




昼、俺は地元から少し離れたファミレスに、夏実を呼び出した。

話す内容的に千春に追跡されるのは都合が悪いので、近場は避けた。


「何々、急にデートとかどうしちゃったの?」

千春に余計な事を吹きこまれたらしい

「いやだからデートじゃねぇよ」

夏実はペンダントをぶら下げていた。

「・・・。」

「・・・え、どこみてんの?」

「ペンダント。」

「あぁ、これね、綺麗だからつけてみたんだ♪」

ペンダントの事を単発で聞かれるのは何ともないらしい。

「それ、持ち主はお前だったりしないの?」

「まさかー、持ち主が見つかったらちゃんと返すよ」

夏実はいちごパフェをゆっくり食べている。

「・・・ん、信一は何か注文しないの?」

「俺は別にお腹空いてないしな」

正直食べているほど余裕がない。

「へぇー、じゃあ奢りだね?ラッキー!」

対する夏実は余裕たっぷりだ。

だが、単純にゾンビの話を聞こうとすると、夢であったように逃げられる可能性がある。

夢の通りに全てが動くとまでは思っていないが

夏実は持ち主不明のペンダントをぶら下げている。

俺がこの姿を見るのは今日の夜のはずだった。

「・・・水無瀬、最近千春と会ってる?」

「うん、よく会ってるけど、どうしたの?」

別方向から聞いたらどうだろうか

「お前さ、千春の右手の怪我の事、結構気にしてたけど」

「うん」

「・・・お前はあの傷、どう思うの?」

「どうって・・・何が?」

「いや・・・・」

確か夢では、包帯が巻かれているのを見たのは明日。

今はあの傷がどんな状態かわからないし、明日には治っているかもしれない。

「え、何考え込んでるの?」

夏実は不安な顔になる

友達の怪我を心配している顔か

または別の何かを心配する顔か

「あの傷・・・さ・・・」

「うん」

どうする・・・

今ここで嘘をついたところで、そこまで問題は

「なんか広がったみたいで、包帯巻いてたんだけど、あんな小さい傷が広がるっておかしいよな」

嘘だ。

夢の中でも、あれは骨折という事になっていた。

「え?」

「なんかすごいグルグル巻きにしててさ」

「それ、いつの話?」

「ええっと、昨日の朝だよ」

「・・・。」

どうだ・・・?

「信一、嘘ついてるね」

「え・・・!?」

「だって、軽い切り傷があるって細かく話してくれたの、今日の早朝、昨日の深夜だよ?」

そんなに間が無かったのか・・・

「あぁ、いや、実は包帯の事を話すの忘れててさ」

「・・・。」

「・・・。」

信じる気は一切無いようだ

やってしまった。

「まぁそんなのはいいんだけど、嘘をついた理由って、なんなの?」

「え?」

「いや、だって千春の怪我が酷くなったって嘘ついても、信一が何か得する?」

「水無瀬、じゃあ聞くけどさ」

「お前、ゾンビが発生した事件について、何か知ってるだろ」

「・・・っは」

夏実はゾンビの件は頭になかったようだ

「あぁ、ちょっと私、用事があったんだった!」

ペンダントを握りしめている

「待て、一回落ち着いて、場所を変えて話そう」

「え、でも私用事が」


「用事って嘘だろ?あと、何でペンダントを握りしめてるんだ?」

「あ・・・えっと・・・あ・・・」

いつかの深夜と同じ動揺を見せる夏実

「じゃあまたねっ!」

「おい!ちょっと」

夏実はまた走り去ってしまった。




――――――――


――――――


――――


――







あれから何度も夏実に電話をかけたが、携帯の電源を切っているようだ。


「20日の夜は何があったっけ・・・」

特に何もなかったような気がする。

・・・夢の事を、ほぼ予知夢だと確定しているのは問題かもしれないが。

でも今の所、俺が見た夢と違っている点は無いんじゃないのか

この"予知夢"に従うのなら、明日学校には宇佐川が来る。

確か、捕まっていた割には宇佐川の態度は不自然だった。

今朝起きてから宇佐川が戻っているどうかを確かめてはいないが、少なくとも

今この時までに起こった事件と、俺の記憶にある事件は、ほぼ変わりは無いだろう

・・・いや、決めつけるのは良くない。

もう夜だけど、まだ9時前だし大丈夫か



プルルル・・・


プルルルル・・・


ガチャッ


「はいもしもし、宇佐川です」


出た。


「う・・・うさ・・・え?」


「どうしたの?」

「・・・あれ、お前・・・」

現実では、宇佐川はそもそも誘拐されていなかった?


「誘拐・・・されてなかったっけ」

実におかしな質問だ。

「うん、でも、もう助かった」

「・・・そっか。」

「助かったのはいつだ?」

「今日、気付いたら家の前に倒れてた」

やはり淡々とした冷静さが怪しく感じる

「そうか・・あぁ、俺風呂入るから、もう切るよ」

「わかった。じゃあまた明日ね」

「また明日。」

ピッ・・・


宇佐川の誘拐も事実だ。

今までは誘拐されていて不在

明日には学校に訪れる。

ここまで、起こる事は夢と等しい。

完全に信じるのであれば、シャーロットはまだ生きている。

おそらく惨殺死体はゾンビ・・・"ニセモノ"というやつで、ホンモノは健在だ。

そして、千春の右手は悪化しているはず。

明日、千春の正体を暴く事もできるのかもしれないが

あの時、あそこにシャーロットが居たのは何故だ?

あいつは最初から学校に待機していて、俺が千春の正体を暴く所まで見抜いている事になる。

「じゃあ、なんだ・・・」

つまり、どういうことだ。

俺が千春の正体を暴くのが12/22だと確信してるなら

明日それをやったら、どうなるんだ・・・?

「・・・。」

シャーロットの事を考えるとキリが無い。

だって、千春の正体を知る事で攻撃対象になるなら、クラス全員殺されているはずだ。

あの後学校がどうなったかは知らないが、そんな大人数が殺されたとは考えにくい。


「信一郎、ちょっといいか」

「!?」

父が部屋に入ってきた。

考え込んでいた所に声をかけられたので、体が跳ねた。

「え、何?」

「そんなびっくりする事無いだろう。今日、デート行ってきたんだって?母さんから聞いたぞ」

これはあれか、生徒の親間の異常な情報網か

「違うよ。ちょっと聞きたい事があったから・・・」

「・・・はぁ。」

父はため息をついた

「何だよ、彼女とか居なくて悪いか」

「お前、あんまり首を突っ込むなよ」

「・・・?」

「お前、最近家に帰ってきても泣きそうな顔ばっかりしてるぞ」

気付かなかった。

自分では結構余裕があると思ったんだけど

「・・・雨海さんと宇佐川さんの誘拐事件、宇佐川さんはまだ帰ってきてないんだったか」

「・・・帰ってきてる」

「おぉそうか、あと、あのシャーロットって奴の殺人事件」

そういえば、父はシャーロットの事を有名になる前から知ってるんだっけ

「俺はこの二つの事件の関連性を知らないが、シャーロット殺害のニュースを見たときのお前の顔とか
 台所の物を持ち出して深夜に出歩いてる所とか、不自然な点が多すぎる」

「・・・。」

「別にお前を疑ってるわけじゃない。でも、お前が事件に首を突っ込んでる事はバレバレだぞ」

「あのさ、お父さん」

「ん?」

「ゾンビがなんとかって事件、知ってる?」

「ゾンビ・・・・知らないけど、なんでそんな事を?」

「じゃあ、シャーロットが何を研究しているのかとか、何かあいつの事について知らない?」

「シャーロットについて・・ねぇ・・・有名になってからは知らないしなぁ」

父は考え込んでいる。

何か重要な事を知っているかもしれない。

「じゃなくて、有名になる前の事を教えてほしい」

「なる前か・・・っていうか、あいつはもう死んだんだろ?」

「じゃ・・・じゃあ、シャーロットが今も生きているとしたら、一体何をしたと考えられる?」

父は驚いて目を丸くする

「・・お前、さっきから何言ってんだ?」

「いいから!何か知らない?」

「知ってるって言うか、俺は別にあいつの事に詳しいんじゃないんだけどな」

・・・どういう事だ?

「シャーロットはメグミの助手だったってくらいしか」

めぐみ・・・?

「めぐみって、え?その人は何歳?」

宇佐川の下の名前が恵だが・・・

「んー、メグミは20代後半だったかな」

「そのメグミって人、子供いる?」

「それは知らないが、科学者の中では、それはもう素晴らしい頭脳の持ち主で有名だった」

夏実と何か関係がある?

「シャーロットが助手って?」

「シャーロットはメグミの助手で、メグミはタイムマシンの研究をしていた。俺はこういうの好きだからな」

「タイムマシン・・・?」

「最近完成したんじゃないかと言われていたんだが、途端に行方不明になったな。
 んで、助手のシャーロットが注目を浴びるようになった」

「じゃあ、シャーロットはタイムマシンの研究をしてるのか?」

「いや、シャーロットはどっちかっていうとメグミのお手伝いさんって感じで
 あいつが何をやっていたかは知らないな」

「そうか・・・。」

「あぁ、あとはシャーロットはクローン推進派だって事くらいか」

「クローン・・・。」

クローン技術は推進派と慎重派で分かれているのは知ってる

患者自身の体細胞から拒絶反応のない臓器を作り出せて、医療は進歩するとか

でも、生命を簡単に道具にするのは許されないとか

詳しくは知らないけど、そんな話を聞いたことはある。

最近はクローンの話なんて全然聞かないけど・・・。

「普通は患者を助けたいからクローンを推進するって"医者"は多いんだが
 シャーロットは別に医者ってわけじゃないし、何がしたいのかわからないな」

「・・・。」

「まぁ、俺が知ってるのはそれくらいだ。・・・で、何の話だったっけ?」



――――――――


――――――


――――


――


12/21







俺は早めに学校に来た。


宇佐川はまだ来ていない。


ガラガラ・・・


千春が教室に入ってきた。

包帯が巻いてあるが、まだ軽い骨折程度。

ミイラのようになるのは明日だ。


「千春、ちょっとこっちに」

「あれ、信一今日は早いね・・・って、何?ホームルーム始まっちゃうよ?」

「いいから」

ガラガラ・・・


俺は千春を連れて、校庭まで連れ出した



「・・・ん?」



――――――――


――――――


――――


――




・・・・



「はぁ・・・疲れたな・・・。」

そんなに体力がある方じゃないので、早歩きで校庭まで来たら息が切れてしまった。


「疲れたじゃないよ。一体どういう・・・」

「・・・・。」

「・・・?」

「お前さ・・・一体、どっちの味方なんだ?」

「・・・え、急にどうしたの?」

「答えてみろよ」

「いや、どっちって言われても、何の事だか・・・」

「シャーロットと俺、どっちの味方なんだよ?」

「信一どうしたの?、泣きそうな顔してるよ?それに、シャーロット博士って、もう死ん――


グシャッ・・・


「あっ・・・え・・・・?」


「どっちの味方なんだよ・・・?」


「・・・・。」


千春は左手を鞄の中に入れた


「・・・えっと・・・あれ・・・えぇっと・・・」


俺は、ここに来る途中に鞄から抜き取った物を千春に向けた。

「お前が探してるのはこれだろ?」

「どうして・・・?」

「それはこっちの台詞だよ。お前、最初から俺を騙していたのか?」

「それは・・・」


パァン!!



「・・・がッ・・・・!?」

まただ

「千春、手伝え。」

また撃たれた。

「く・・・っそぉ・・・」

とにかく、後ろの奴に反撃を・・・

「まだ生きてるか」

シャーロットはすぐ後ろに居る。


俺は後ろに向けて銃口を向ける


「お前――


パァン!!


「・・・ぐッ!?」


や・・・ったか・・・?


「・・・なんてな、そんな状態で撃つ弾が当たるわけないだろう」

「・・・・!」

「気付くのにはもう少し掛かると思ったのだが・・・案外鋭いんだな。まぁ、結果は同じだけどな」


意識が遠のいていく・・・



パァン!!



「な――!?


・・・シャーロットが誰かに撃たれた・・・?



――信一、聞こえる?・・・だめかな・・・――



――20日まで戻すから、その時の私に話を――



パァン!!



―――――――――――


―――――――――


―――――――


―――――


―――





12/20



・・・・。



「う・・・ん・・・・」

窓からは太陽の光が射しこみ、外からは鳥の鳴き声が聞こえる。


「・・・。」

もしかして、と思い、携帯を見る

<12/20 6:24>


「20日まで戻す・・・」





俺が二階から降りてくると、両親は朝食の支度をしていた。


テレビは朝のニュース番組をやっている。

《えー、次のニュースです。》

その内容はやはり、シャーロットの殺害だった。

両親はテレビの画面に釘付けになった。


《遺体の損傷は激しく、特に頭部はハンマーのような物で――》

間違いない。

《――犯人を死体遺棄、死体損壊の疑いで――》


どういう仕組みかわからないが、俺は時を遡っているらしい。


「おい、これ近所じゃねぇか。信一郎、休校のお知らせとか来てないのか?」

・・・夏実の手によって。

「来てないけど、たぶん集団下校にはなるよ」

「そうか、そうだよな。まぁお前は男だし、そんなに心配する事無いか」

「ちょっとお父さん?しんちゃんはそんなに力強くないよ?」


――――――――


――――――


――――


――



「どうしたの?っていうか私の電話番号知ってたっけ?」

俺は部屋に戻って、夏実に電話をかけた。

前回、何度もかけていたので一時的に覚えてしまった。

「知らない。だからちょっとお前の家に行くぞ。場所教えろ」

「はぁ!?意味分からないんですけど!」

「落ち着け。早く教えろ」

「落ち着けってこっちの台詞なんですけど、ちょっとまってよ、えっと、とりあえずどっかで待ち合わせね」

「わかった。」

俺は近所の公園で待ち合わせをし

夏実の家へと案内してもらった。

最初は家の場所を知られる事を渋っていたが、頼み込むと了承してくれた。



――――――――


――――――


――――


――



夏実はアパートに一人暮らしをしていた。


「・・・狭いな」

「しょうがないでしょ、まだ社会人じゃないし」

やはり、夏実はペンダントをぶら下げている。

俺と夏実は、部屋の真ん中にある小さな丸いテーブルの前に向かい合って座った。

「・・・それで、人の家に上がりこんで何の用なの?ちょっと怖いんだけど」

あまりに強引だったので、夏実はちょっと警戒しているようだ

「相談しろって言う癖に、俺が相談しようとすると、お前は逃げるからな」

意味無いが、とりあえず前の夏実に対して率直な突っ込みをする

「信一、最近頭打ったでしょ?」

「シャーロットは生きてる。お前も知ってるよな?」

「・・・は?」

「は?じゃない。俺らが狙われてるから、水無瀬は心配して毎日俺らの事を見てたんだ」

「・・・何言ってんの?」

「日中は学校にも侵入して、夜中はシャーロットの動向を探る
 ついでに深夜に出歩くようになった俺も監視」

「だから校内の生徒しか知らない誘拐事件の事も知っていた」

「・・・。」

「そして、千春は右手が腐り始めている。明日、明後日には使い物にならなくなるだろう」

「え、なんでそんな・・・」

「怪しく思った俺は明日か明後日、千春の右手をもぎ取り、シャーロットに殺される。」

「・・・。」

「今居る千春は本物じゃない。シャーロットが作り出した"何か"だ」

「それで、さっき調べたんだけど、水無瀬の母親は水無瀬愛実。
 タイムマシンの研究をしていた科学者もミナセメグミだ」

「俺が死ぬ直前、近くで見張っていたお前が助けに来て、俺に何かをする。
 俺は未来の水無瀬に、過去の水無瀬に相談しろと言われてこの時間まで戻ってきた。」

「・・・。」

「俺が何か聞こうとしても水無瀬が逃げるから、わざわざ家まで来たってわけだ」

「・・・そ・・・っか・・・。」

夏実は諦めたかのようにため息をついた・・・。


――――――――


――――――


――――


――


夏実は、とりあえず落ち着こうという事で、冷水を運んできた。


「うん。明日、明後日起こる事までは知らないけど、それ以外は正しいよ。」

どうやら今回は否定する気は無いようだ

「で、時間が戻ったのは何なんだ?」

「・・・。」

夏実は水を飲み干すと、テーブルにコトンと音を立て、ゆっくりと話し始める

「私のお母さんはさ、信一はもう知ってると思うけど、タイムマシンを作ろうとしてたんだよね」

「・・・完成したんじゃないのか?」

「うん、完成してる。・・・実は、このペンダントがそうなんだけど」

確かに、このペンダントはどこか怪しいと思った。




――・・・駄目かー』

『何してんの?』

『ねね、このペンダント、私が預かっててもいい?』

『何で?割れてるし危ないだろ』

『いいからいいから・・・――



壊れていたはずだ。

「たぶん、未来の私がこの日に戻したのは、ちょうどこのペンダントが直ってるからだね」

「・・・作ったのは母親なんじゃないのか?」

「お母さんが作ってるのをずっと眺めてたからね。
 まぁ・・・壊れてるって言っても、それほど酷くなかったんだよ」

「あれ、じゃあ、助手をしてたシャーロットでも直せたんじゃないのか?」

「んー、あいつは、言われた事はやってたけど、自分の計画を成功させるためにお母さんを利用していたから
 タイムマシンさえできてくれれば、あとはどうでもよかったんだよ」

「どういう事だ・・・?」

「シャーロットには自分の目的があって、そっちに集中してた。頼まれた部品を調達してきたり
 頼まれた計算はこなしてたけど、実際に踏み込んだ作業を手伝う事は無かったね」

「だから、シャーロットはこれの直し方がわからなかった。
 多分、お母さんくらいしか直せないと思ってるから放置したし、これを落としたのがシャーロットの失敗だったね」

うっかり落として、13日にあった大雨で壊しちゃったのか。
 
「・・・お母さんも、助手が何か目標を持って頑張ってるならって、シャーロットを応援してたんだ」

「で、実際はただの悪だくみだったのか」

「まぁ・・・ね・・・」

夏実は水が入っていたコップを握りしめる

「・・・。」

「あいつが何をしようとしてるのか、どこまでわかってるんだ?」

「そうだね・・・シャーロットはさ、自分の施設でクローン人間を作ってるんだよ」

「じゃあ、ゾンビの正体は・・・いや、ヒトのクローンをいきなり成長させる事はできるのか?」

「シャーロットは多分、去年の6月あたりから今頃までの間、何度も同じ時間を繰り返してるよ。」

「・・・でも、今ペンダントはここにあるだろ?」

「うん、だからシャーロットはもう、時間を遡れない。」

今回で目標が達成できるなら、別に必死に時間を遡らなくても良い

ペンダントを直すより、自分の目的を優先したか

俺達がペンダントを手に入れたことで、間接的にシャーロットを捕まえた事になるのか?

「っていうのは嘘で」

「!?」

「そのペンダント、割れてたでしょ?」

「あぁ・・・そうだな、割られたのは見つけてから少し後だが」

「その中には、お母さんの記憶がそのまま圧縮されたUSBメモリが入ってた。」

お前の母親は何者なんだよ

「ほら、このペンダント、ここをスライドすると中のUSBのジャックが出てくるはずなんだけど」

夏実はペンダントの裏側の一部を指でスライドさせ、小さな長方形の穴を出現させた

つまり、水無瀬愛実の記憶を頼りに、ペンダントを作るということなのか・・・?

「・・・ちなみにこのペンダントの仕組みは?」

「うーん、これはなんていうか、所有者の記憶のみを保護したまま、周りの時間を戻すんだよ」

「・・・つまり、どういう事だ?」

「え、今言った通りだけど」

「自分を過去に送るわけでもなく、過去の自分に何かするわけでもなく・・・」

「自分以外の世界の時間を戻す・・・そう言いたいのか?」

「うん」

恐るべき力だ。

「・・・実は、完成させたのは97歳くらいで、そっから遡ってきてこっちで作り直したとか
 ・・・そういう事じゃないのか?」

大袈裟に言ったつもりだが、正直完成させたのが何歳でも信じられない。

「どうなんだろ・・・私が物心ついた時にはもう作りはじめてたから、なんとも言えないねぇ」

完成さえさせればまさに永遠の命って感じだ。

「だから、作る過程をちゃんと見てなかったシャーロットじゃ、どこが壊れてるのかも理解できないからね」

水無瀬愛実の技術力は、きっと何世紀も先のものなんだろう

こんなペンダントは、今から100年経っても到底作れるとは思えない。


遠い未来、これとは別の方法で時間を何度も遡り


これと同じ能力を持った、とてつもなく大きな装置を開発し


軽量化を図っていった末がこれ・・・なんて、自分を納得させようとするが、やはり嘘みたいな話だ


ここに入っていたというUSBメモリも、ヒトの記憶が入るサイズだと言う。

・・・一体どんな形をしているのか、少し興味がある。

「って、何ぼーっとしてるの?」

「いや・・・。じゃあ、そのUSBメモリを使って、シャーロットは・・・」

「お母さんの死体から、その記憶を引き継いだクローンでも作るんじゃないかな
 脳はシャーロットが撃ったから、記憶は引き継げないんだよ」

この時俺は、夏実の母親が既にこの世には居ない事を初めて知った。


・・・。

タイムパラドックスは・・・?

いや、起きない。

この場合、世界の時間が戻され、記憶だけが継続している

ペンダントが出来たのは未来ではない。

何かを作った未来は最初から存在していないし、水無瀬愛実を中心に、世界が巻き戻されただけの話

たとえ現在が俺にとって2011年なのだとしても、水無瀬愛実の主観では何百年も先で

水無瀬愛実以外からの見た目は2011年だが、本当は3011年目を進んでいた。なんて事になり得る。


例えば、"世界"の範囲が"地球"なら、地球の時間だけを戻しても、宇宙の時間は進んでいる。

宇宙から見れば、地球が勝手に若返りをして、別の成長を始めた。


それは地球がタイムスリップしたわけでは無い。


地球の時間は巻き戻されているが、地球自身が時間を移動してるわけじゃない。


だから・・・


「・・・え、何険しい顔してブツブツ言ってるの?怖いんだけど」


夏実は軽くひいていた。

「え?いや、タイムパラドックスなんだよ、うん」

「意味分からん。」

「まぁ話を続けるけど、シャーロットは、元の人間と同じ年齢のクローンを作り
 記憶を少しだけいじったりすることはできる」

「でも、まだまだ不完全だと」

そう、千春の様子を見れば明らかだ。

「どうかな」

「え?」

「怪我をしない限り腐食しないようだし、仕事をさせるには十分なクオリティだと思う。」



――――――――


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――――


――



夕方


生々しい話を聞いて、少し気持ち悪くなった。

コップをいつの間にか握りしめていたようで、中の水は飲まないままぬるくなっている。

嘔吐感が増しそうなので、今更これを飲む気にはなれない


「そういえばこれ、どうやって使うの?」

「ここ、回せるのわかる?」

ペンダントを開いた内側の隅に、小さなつまみがあるのが見えた

「小さいな・・・気付かなかった。これを回すと戻れるのか?」

「あぁっと、触らないでね。この赤い線が一回転すると一日遡れるんだよ。
 回した状態で、このつまみを押しこむと、押し込んだ人が遡る」

「・・・簡単すぎて信じられねぇ。」

「これ、信一が持っておいて」

「え?」

「たぶん、協力者が居ないと難しいと思ったから、信一を遡らせたんだと思う。」

「次からは水無瀬が遡ってもいいんじゃないか?」

「えー!それだと今より前に戻ったら、また1から説明しないといけないでしょ?面倒くさい」

「そうですか」

夏実を毎度説得するのも面倒臭そうだが・・・

「もうこんな時間か・・・」

時間は5時を過ぎている

もう外は真っ暗になろうとしていた

「じゃあ、いったん帰るよ」

「うん、明日よろしくね」

「あぁ、わかった。」



――――――――


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――――


――




12/21




学校が危険な事はわかっているので、俺は学校に行くふりをして、夏実と森の前で待ち合わせをした


「お、来たねー」

持ってきたのはとりあえず懐中電灯

・・・武器は親が居たので無理だった。

「何持ってきたの?」

ペンダントと、懐中電灯と、筆箱と教科書と

「・・・何しに来たの?」

「施設に乗り込むんですよね」

「・・・うん、まぁいいや。武器は私が持ってるし」

夏実は銃を持っている。

正直、俺は足手まといだと思うのだが・・・


「さ、行くよ」

俺と夏実は森へと入って行った・・・。




――――――――


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――



昨日発覚した事だが、どうやら施設というのは森の中にあるらしい。

だからあの千春が言っていた事は嘘で、シャーロットを庇っていた事になる。

「後ろ、大丈夫?」

「大丈夫、誰もいない。」

「痛ッ・・・」

「どうしたの!?」

左足を擦りむいたらしい。

夏実は敵襲かと思い、銃をこちらに構える

「いやいやいやいやちょっとまて!擦りむいただけだから何でもない!」

「あー、びっくりしたよほんと・・・」

敵も銃を持っているし、さらに多人数居る可能性が高い。

後ろを確認した所で意味があるのか疑問だ。

一応これほど草木が生い茂っている森だと、攻撃が当たりにくい長所がある。

・・・相手が森に慣れていなければの話だが。

「ここだよ」


夏実が足を止める

「え、ここだよって言われても・・・」


辺りには年中青い植物や、枯れた物などが入り混じって滅茶苦茶だ。

「ほら、そこそこ!」

「・・・なるほど」

木の根の間に人が入れるくらいの小さな穴があった。

中をよく見ると土管のようなものが通してあり、中からうっすらと明りが漏れている

「何か指名手配犯の隠れ家みたいだな」

「入り口はこんなだけど、中は広いはずだよ」

そう言いながら、夏実は土管の中に滑り込んでいった

「トゥルントゥルントゥルン」

「・・・何言ってんの?早く付いてきてよ」


――――――――


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――



天才と呼ばれたその女は、遠くから二人の高校生を眺めていた。

「ミナセの娘か。ペンダントはぶら下げていないな・・・」

《こっちは異常なし、そっちはどうだ》

彼女には協力者がいるのか、片手に持っている無線から声が響く

「少年と水無瀬夏実を見つけた。施設に入ったぞ」

《ほう、協力しているのか。どうする?》

「千春を使おう」

《記憶のバックアップは?》

「いらないな。どうせ大した情報は持ってない」

《っはっはっは、あの少女のほうが長生きしてるのにな》

話し相手の声に緊張感は無い。



――――――――


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――


「薄暗いな」

「ほおー・・・」

夏実は中を見て声を漏らした。

土管を潜ると、人が三人ほど並んで通れる程度の広さの通路が現れた

辺りはナツメ球が何個かついているだけで、その電源は通路の奥の扉に続いていた

その扉は、まるで坑道のような通路の雰囲気とは違っている

扉と周りの部分は金属で作られており、異質な雰囲気が漂っている

「あれ、開くのか・・・?」

「たぶん自動扉でしょ。近づけば勝手に開くはず」

「何か怖いな」

入り口を露骨にする事で、ある種の警告になっているのかもしれない

でも正直、こういうのは好奇心旺盛な人には逆効果だと思う。

「よし、入るか・・・」

俺が扉の前まで踏み込むと、夏実の言った通り、それは勝手に開いた。



――――――――


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――――


――





「・・・。」

終りが近い

シャーロットからの指示を受け、私は絶望した。

包帯で巻かれた右手はただぶら下がっているだけで、既に指を動かすらできない。

腐食は腕の関節までは進んでいない。まだ腕は曲がる

でも、明日になればきっとそれもままならないのだろう

その部屋に、千春という人間は二人居た。

「ぐすっ・・・」

もう一人の千春の右手はいたって健康だ

健康な千春は泣いていた。

「・・・。」

シャーロットという女の言う事によれば、私はこの子のクローンらしい。

信じられなかった。

私こそがオリジナルで、17年間を生き抜いてきた雨海千春

そう確信していた

この子に会うまでは


――――――――


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――


12/15


『あれ・・・私・・・』

『おはよう、雨海千春と言ったかな?』

目覚めると、私は真っ白な広い部屋のベッドに寝ていた。

私は真っ白な病衣を着ていた。

『君は今日から私の奴隷だ』

目の前には、白衣を着た、銀色の髪の女。

状況が飲み込めないし、今この人が何を言ったのかを気にする余裕などなかった。

私の目覚める前の直前の記憶は「何者かに連れ去られ、ここに運ばれてきた」だからだ

『これ・・・誘拐・・・ですよね・・・?』

目前の不敵な笑みを浮かべる女に問いかける

『ほう、私は君を誘拐した覚えは無いな』

『嘘・・・』

『生まれたばかりの奴が、私を否定するのはいつ見ても滑稽だな』

どうやら私は、かなりの変人に捕まってしまったようだ

『・・・うち、そんなにお金持ちじゃないですよ?』

『それがどうした?』

女は笑っている。

『・・・。』

そういえば、私はこの人を知っている

最近よくテレビに出ている、シャーロットという人だ

『まぁ、ここで言い合いをしても時間の無駄だな。ついて来い』



広い廊下をシャーロットに付いて歩く

最初は病院か何かだと思っていた。

どうやらここは何かの研究施設らしい

周りは白い金属の壁

途中で見たこともない機械が幾つも置かれていた。

窓は一切無く、他の部屋の中はどうなっているのかわからない。

『・・・ここだな』

シャーロットが足を止め、ポケットからカードを取り出した。

彼女はそれを扉の横にある小さな機械に通す

他の部屋とは違い、カードキーが必要な扉のようだ。

『・・・人体実験でもしてるんですか?』

『ほれ』

シャーロットは、今持っていたカードキーを差し出した

『え?』

『二枚あるからな。好きな時に出入りすればいい』

『・・・?』

カード認証をした分厚い扉は、左右にゆっくりと開いた。

監禁じゃない・・・?

何を考えているんだろう

シャーロットの顔を見るが、少しニヤついている。

『・・・?』

辺りを見回すが、ここには作業員らしき人が見当たらない。まさか一人で管理している・・・?

『いいから付いて来い』

ここで私は部屋に入らず、逃げ出す事は簡単だろう。

・・・そんな事は、目の前にいる女にもわかるはずだ。

『どうした、早く来い。私もそんな暇じゃないんだ』

『・・・。』

私がここで襲いかかり、後ろから彼女の首を絞める事も

今この状況から脱する術はいくらでもあるだろう

しかし、それでもシャーロットは無防備で、半笑いだ。

私が何をしようとするのか、予測できない人間ではないはずだ。

『今度はカードは必要無いぞ』

扉の中にはまた廊下があり、その奥にもう一つ扉があった

シャーロットが扉に近づくと、扉は勝手に開いた。

自動扉は左右に素早くスライドする。SFの世界のようなデザインだ。

『千春、お前のコピーだ。よくできてるだろう』

『・・・!?』

小さな部屋に、私の洋服を着た少女が立っていた。

この少女が私のコピーという事か

『私のコピー・・?』

『あぁ、名前がやっぱり紛らわしいな。お前のコピーじゃない』



『"お前が"コピーだ。』




12/16



私はあれからずっと泣いていた

部屋からの出入りは自由という事だったが、私は同じ場所に留まっていた。

深夜には涙も枯れ果て、今はこれがどういう状況なのか理解しようと必死だった。

『オリジナルの私・・・。』

コピーの私は、目の前で拘束されているオリジナルの雨海千春を眺めていた。

シャーロットの話によれば、私は作られた存在らしい

それも一晩あればできる程度のものらしい

でも、こうして私は私で今この瞬間まで生きてきた記憶がある。

楽しかった事とか

苦しかった事とか

がんばった事とか

全部ちゃんとある。私に言わせれば、目の前の千春こそが偽者だ

それでも、目の前の私は、私そっくりで、服までちゃんと着ている。

私みたいに、何か薬品臭くて、病衣なんか着ていない。

私はシャーロットに必死に訴えたが


"ごちゃごちゃとうるさい奴だな。本音を言えば、お前は身体能力が低いし、奴隷としては粗悪だ"


"お前をどう使おうか迷っていたが・・・そうだな、お前には時間稼ぎとテストをしてもらおう"

シャーロットはポケットからメスのような刃物を取り出し、私の手首に置き、スライドさせる

"お前の役目は、内海信一郎をできるだけ騙し時間を稼ぐ事"

"そうだな、最低でも右手が取れるまでは時間を稼いでもらおうか"

何を言っているのかわからなかった。

"ちなみに、お前の心臓には細工がしてある。逆らったら即死だ"

言いながら、シャーロットは小さなスイッチを取り出した。

"これな。それじゃ、暫くの間、オリジナルと仲良くお喋りでもしてるといい"



返事は酷いものだった。

そして、オリジナルの私はまだ目を覚まさない

何かで眠らされているようだ。

右手の傷が気になって眺めていると、遠くで分厚い扉の開く音と、誰かが近づいてくる足音がした。

やがて、私の真後ろにある扉も開く

『おはよう、朝の3時だ。』

シャーロットだった。

私は着ているものをオリジナルのそれと交換させられた。

私がやらなければならない事は、シャーロットの行動を勘付かれないように嘘を言う事

信一の味方はしてもいいが、最終的にはシャーロットを庇う事

そして、クローンの存在を知られてはならない事だった。

それ以外は、これまで通りの生活をしていいらしい。

・・・つまり、警察と周りの人間をこの事件から遠ざけさえすれば、私はこれまで通りの生活を送れる

そういう約束だった。


だから私は、森で保護されて病院に送られると、必死に警察に嘘を話した。

その必死さを別の意味で捉えられたのか、警察の人に同情され、私は胸が傷んだ。


――――――――


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――――


――



《おお、別々に行動し始めたぞ》

「どうする?」

シャーロットは、施設の入り口の扉の前に立っていた。

ついさっきまで、夏実と信一郎が居た場所である

《っはっはっは、ミナセの娘は破壊しながら回ってるぞ》

無線の相手は二人の行動が手に取るようにわかるのか、笑いながら実況している

「まぁ、周辺機器はだいたい愛実の丸パクリだからな」

《とりあえず、こっちを潰しておくか》

「私はどうすればいい?」

《もう片方を頼む》

「了解」

シャーロットはニヤつきながら、施設の中へ消えていった。



――――――――


――――――


――――


――




「ここ、他に作業員とか居ないのか?」

夏実と俺は大量にある部屋を1つづつ確認しながら、広くて長い廊下を走っている

「おかしいね。てっきり大量のクローン人間が仕事をしているものだと思ってたけど」

夏実はなんとも不気味な予想をしていたようだ

「今まではいくらでも時間を戻せてたんだから、一応一人で全部やるのは可能?」

「ううん、周りの環境を戻しちゃうんだから、2つの機械を一人で操作するとかはできないはず」

彼女は考え込んでいる

"誰か居るはずなのに居ない"

それは、ここの作業員がどこかに集まっているという事か・・・?

「・・・水無瀬、別々に行動しないか?」

「へ?何で?」

俺がろくな武器を持っていない癖にこんな事を言うものだから、夏実は驚愕する

「これだけ広いんじゃ見つかるのも時間の問題だし、何かあれば携帯で呼ぶし・・・」

さっき確認したが、電波はあるようだ。

「・・・信一が襲われても間に合わないかもしれないけど、それでもいいの?」

「なんとかなるって!それじゃ」

「ええ?あ、ちょっと・・・!」

呼び止められるが、俺は半ば逃げるように別の通路へと走った。



――――――――


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――――


――


俺は夏実に恐怖心を抱いていた。

1つおかしな点があった

彼女は途中の部屋にあった機械で、この施設の地図を呼び出していた。

毎日パソコンをやっている俺から見ても、その機械は意味不明で、そんなにすらすらいじれる物では無かった。

そんな物をいとも簡単に操作している夏実を見て、俺は宇佐川との会話を思い出していた。




『そっか、どこかで聞いたことあると思ったら確かにシャーロット博士の声だ』

『でも今は死んでるし・・・宇佐川は何か心当たり無いか?』

『捕まってた時?・・・んー、夏実っぽい声が聞こえたかな?』

『・・・え』

『夏実ちゃんって、最近見ないよね?事件に関係あるのかな・・・』


夏実は気付いていなかったが、彼女が表示した地図は、どうやら明かりがついている部屋は明るく

ついていない部屋は少し暗く表示されていた。

見てもよくわからないから、この地図を頼りに手当たり次第に探すという事だったが

俺はこの施設の地図を見て気付いたことがあった。

同じような部屋が並んでいる区画があり、その区画では1つの部屋だけが明るく表示されていた

扉の先に短い廊下があり、その奥に個室がある

いかにもという感じの部屋だった。

「・・・。」

俺の記憶が正しければ、俺が今走っているこの廊下は、その区画へと続いているはずだ。

――――――――


――――――


――――


――

12/17




今度は恵が連れ去られてしまったらしいという話を聞いた。

シャーロットからそんな知らせは聞いていないので、とりあえず知らなかったことにしておいた。


私は、病院で信一と話していた

何かニセモノっぽい所は無いのか、目を合わせたときはすごく緊張した

私は拐われてる最中の出来事について、警察の時と同じように嘘を話した。

信一はそれを疑うことなく聞いてくれたし

私が他人から見たらホンモノと何ら変わりない事を確かめると

徐々に自分がクローンだという事も気にしないようになっていった。



12/18


深夜


恵は運動神経が良くて身軽だから、シャーロットは気に入っていた。

優秀な身体能力を持った恵が手に入った事によって、彼女は何か大規模な事をするらしい


シャーロットは出かけてくると言っていた。

勝手に行けばいいのに、きっと嫌がらせだ

別に寝る時間くらい自分の家で過ごしてもいいのだが、状況が変わった

両親が夜になっても帰ってこない

私はシャーロットに問い詰めると「数日間借りるぞ。その内帰ってくるから安心しろ」

身勝手だった。

掴みかかろうかと思ったが、シャーロットは例のスイッチをチラつかせながら不敵な笑みを浮かべる

約束が違う。


"逆らったら死ぬ"


それが狡猾な人間にとって何を意味するのか

今更気付いた私は、とても愚かだった。


両親の居場所、恵の居場所もわかっているが、専用のカードキーが無い。

私はオリジナルの私の部屋で座っていた。

部屋にはベッドも椅子も無く、ただの監禁部屋だった

私が目覚めたのは、広くて大きなベッドがある部屋だった

目覚めたのも、暖かいベッドの中

それなのに"ホンモノ"の私はこんな扱いを受けている。

その姿は起きた時の私と同じ、真っ白な病衣

拘束されてほとんど動くことができず、口もきけない。

この部屋は寒い。

彼女は私を怒ることは無かった。

ちゃんとした服を着た私の姿を見る度に、目に涙を浮かべ、そっぽを向く

私自身だからわかる。

強がってるんだ

目の前にどんなに完全な形で自分が居ようとも

本物は私なんだと自身に言い聞かせる事で精神を保っている

目に涙が溜まっているが、必ずそこで止まっていた。


どうしてこんな扱いをするのか。


最初はホンモノである彼女を恨んでいた


今はただ彼女の無残な姿が可哀想で仕方がなかった。


それは自分が優位な立場にいる事からの余裕かもしれない

しかし、彼女の病衣を着たその姿は、彼女の意思に関係なく

まるで、私が存在しているからこんな仕打ちを受けているんだ

そう訴えかけているようで、私は胸が締め付けられそうになる。


これもきっと、シャーロットの思惑通りなのだ。

私が精神的に参れば、約束なんて破っても反抗する力が衰えると考えているのだろう

大当たりだ

彼女の考えはこの上なく汚い


私は彼女の不敵な笑みを思い出しながら不快感を露にしていると

『・・・あ・・・そうか』

シャーロットが案外間抜けな事に気付いた。


――――――――


――――――


――――


――


「今、少年はどこにいる?」

コツコツと音を立てながら、シャーロットは早歩きで施設の廊下を歩いていた。

彼女はどんな時でも勝ち誇り、決して焦らない天才を気取っていた。

実際、目の前に起こっている問題は、彼女にとっては完全に想定内で、容易い物だ

《Bブロックの左端・・・もうすぐで例の部屋だな》

「ほう、思ったより早い――

その声は銃声で上書きされた。


「・・・。」


《ミナセの娘を潰した》

シャーロットの唇の右端がつり上がる

「ペンダントは?」

《・・・・。》

「・・・聞こえたか?」

《・・・無いな》

その瞬間、シャーロットは珍しく真顔になった

「・・・。」

《あの少年に渡した可能性が高い》

しかし、すぐにいつもの不敵な顔に戻る

「よし、こっちで回収する」

《頼んだぞ》




――――――――


――――――


――――


――







・・・ここか。

俺は目的地を目指して走っていた

「・・・!」

曲がり角に"Cブロック"と表示されたモニタが壁に設置されていた。

地図で見た、あの部屋がある区画の名前だ。

俺はスピード上げ、勢い良く曲がると

カードキーが必要な扉の数々が目に視界に入った


「はぁ・・・はぁ・・・なんだ・・・?」


カードなんて持ってない。


俺は息を切らしながら、一番手前の扉の前に立ち尽くしていた

ここは、明かりがついていた部屋では無いが

扉の横についている白いプレートには


<宇佐川優子>


そう、書かれていた

宇佐川優子の部屋。

1、2度しか聞いたことがないが、確かこの名前は宇佐川の母親の名前だ

俺は隣の扉のプレートに目をやる


<宇佐川誠司>


父親だ


何だ・・・?


俺はゆっくりとCブロックの廊下を歩き出す


<宇佐川恵>


俺の友達の宇佐川だ。


<内海雅之>


俺の父親だ。


<内海翔子>


俺の母親だ。


<内海信一郎>


・・・俺だ。


<雨海浩史>


<雨海春香>


そして


<雨海千春>


「・・・。」


罠か?

今俺がこの不可解な部屋の名前の数々に恐怖する事で

油断させようとしているのか?

俺はここにいるし、俺の両親は今も家に居る


〜♪


「!!?」


俺はすぐに携帯を見た


<夏実>


ピッ


「ザザ・・・ザ・・・」


・・・。


「ザザザザ・・・ザ・・・」


「ザ・・・ザザ・・・ザ・・・」


――――――――


――――――


――――


――



シャーロットのやっている事が私の思った通りなら

私に反抗されると都合が悪いという事だ。

・・・反抗した場合すぐに私を殺せるのもきっと嘘では無い

奴の計画に支障が出る

そういう事だろう


コツ・・・コツ・・・コツ・・・


私の企みを察知したかのように、あの女の足音が聞こえてきた。

《千春、聞こえるか?ちょっと手伝って欲しい事がある》

シャーロットの声が耳元で響き、足音はそのまま通りすぎた。

私の耳元には、何やら小さな機械が埋め込まれているらしい

シャーロットはクローンの研究に没頭しており、この機械で指示される事は珍しかった。

しかし、私の発言はシャーロットには届いていないらしい。


『・・・チャンス。』

そんな仕様も、今ではシャーロットが間抜けなように思えた。


私は監視カメラの死角となるように、もう一人の私へ素早く携帯を手渡した


『メールだと危ない。信一郎に気付かせよう』


ボソッ・・・と伝えたが、私の行動が理解できないのか、目の前の私はポカーンとしていた。

私は不自然に映らないように、速やかに部屋を後にした


大丈夫、すぐにわかる


"私"ならこれくらいはうまくやれる


メスで綺麗にスライドしただけのはずの、右手首の傷が気になった。


少し開いていた。


――――――――


――――――


――――


――


「ザザザ・・ザ・・・ザザ・・・」


・・・。


「ザザ・・・ザ・・・・」


そうか


「ザザザザ・・・ザザザザ・・・」


この研究所、電波の表示は三本になっているが


「ザザザ・・・・ザ・・・」


声は届かない。


「ザ・・・ザザザ・・・ザ・・・」


しかし、今はそんな事は問題じゃないんだ。


「ザザ・・・ザ・・・ザザザザ・・・」


さっき擦りむいた左足がズキズキと痛み始める


『何かあれば携帯で呼ぶし・・・』


"夏実から電話"って事は


「ザザ・・・ザザザザ・・・ザザ・・・・」


目的を達成したか


その逆で


「ザザザッ・・・プツッ・・・。」


今、俺は目的地に居る。


「・・・う少しでCブロックだ。・・・あぁ、大丈夫だ。」


目の前の<雨海千春>の扉


他の扉とは違い、カード認証機は鍵のマークが付いていなかった。



――――――――


――――――


――――


――


12/19


携帯の作戦は失敗に終わった。

何もかも、失敗。

さらに信一は、自分に空白の時間があったことに気づいてないみたいだ

いや、シャーロットは少しなら記憶を改竄できると言っていた

きっとそういうことだろう。

お父さんとお母さんはニセモノ

恵のお父さんとお母さんも、ニセモノ。

全部ニセモノに変えられた。



12/20


シャーロットが死んだ

そして初めて気づいた。アイツにはクローンがいる

状況は変わらなかった。

クローンを作るには半日以上かかるけど

アイツ自身を作るならもっとずっと前からできたし

クローンがいつ生まれたのか、私にはわからない。

死んだのはニセモノなのか、ホンモノなのか

私にはわからなかった。

粗悪なクローンがミュートにし忘れたのか、指示用の機械から、声が聞こえてきた。

どうやらシャーロットは、一度夏実の手に渡ったペンダントを狙っているようだった。

ペンダントの中に入っていたUSBメモリのプロテクトを解除したら、ウィルスが入っていたらしい。

これにより、もうクローンは作ることが出来なくなったらしかった

前から一応ペンダントを狙っていたようだが

現在は、表情には出さないが血眼になっている


・・・私の手は腐り始めていた。

ホンモノ・・・オリジナルの私とは圧倒的な違い

シャーロットのクローン技術は完全では無い

怪我をすれば、そこから全身が蝕まれていく

でも今更、ホンモノとニセモノ違いなんてどうでもいい

私は私で、この子はこの子なんだ。

私が感じる楽しさ

この子が感じる楽しさ

傍から見れば同じだろうし、私だって見分けがつかないと思う。

でも、私が感じた楽しさは私だけのもので

この子の感じたそれも、この子だけのものであるはずだ

・・・昔、私は信一に今考えた事と同じような事を言った気がする。

私は運動が苦手で、落ちこぼれだった

何をやってもドジして、大人に怒られていた。

信一も運動不足だったけど、私みたいに転んだり大怪我したりはしない

信一と一緒に居ると毎日が楽しくて、気がつけば運動が下手だとか、そんなのは吹っ飛んでいた

でも毎日が楽しそうな信一と、信一と一緒に居ないときは楽しくない私

嫉妬のような、羨ましいような感情が日に日に積もっていった

だから「私の感じる楽しさと、信一の感じる楽しさは違う」

そんな事を定期的に言って、信一を困らせていた気がする・・・

・・・・のは、私の記憶の中でだけで

私が過去に築いてきたのはここ数日間だけ。


目の前の私は、右手の有様を見て泣き出しそうだった。

私に目で何かを訴えている

恐怖というよりは

私がこうして酷い目に遭ってる事が悲しくてしょうがない

そう言いたそうだった


12/21


シャーロットは私に銃を持たせた。

実弾が入っている

彼女は包帯が巻き付いている右手を見ても何の躊躇もなく、左手に渡した

目的は信一を襲い、それを見守っているはずの夏実をおびき出す事だった。

元々私には期待していない。せいぜい脅し役

作戦は夏実を警戒させすぎないため、私とシャーロットのクローンのうちの一人でやるらしい。

タイミングは今日から数日間のうちで、あとは自分で見極めろと言われた。


・・・そんなの、最初から従うつもりはない。


ペンダントが何なのかは知らないけど、私は彼女が目的を達成する前に悪あがきをするつもりだった。

シャーロットは私にそんな度胸はないと思っているし、きっと銃弾も当たらないと思っている。

当たっているけど、シャーロットはヒトというものを舐めている

例えば私の目の前に信一、その後ろにシャーロットがいるような状況になったとする。

恐らく、近くには夏実が居る

シャーロットによれば、夏実も銃を持っているらしい。

たとえ私の銃弾が当たらなかったとしても、発砲によってシャーロットが怯めば、夏実が援護するだろう

・・・信一に当たるかもしれない

・・・それでも、撃つ



真実を知ったら、信一は撃てと言うだろうから。




――――――――


――――――


――――


――


私は銃を鞄に入れ学校に向かおうとした


《水無瀬夏実と、内海信一郎が侵入した。お前に会いに来るだろうが、遭遇したら射殺しておけ》


『・・・。』

私の企みは、ガラガラと音を立てて崩れ去った。

シャーロットの計画を邪魔するために使おうとした銃弾だが

今の指示はつまり、私の考えていたことは

早くも実現不可能となってしまったということだ


私の顔を見て、目の前の私もどういう知らせだったか勘付いたようだ

『ぐすっ・・・』

目を瞑り、涙を流している

私が、あまりにも悲惨だから。

私が、生まれてから死ぬまで、この子の出来損ないで終わるから。

目の前に居るのは自分なのに、不可解だった。

どうしてこんなに、私の事なんかで泣いているんだろう

私って、こんなにお人好しだったっけ


《水無瀬夏実は潰した。内海信一郎がそっちに行ったぞ》


『・・・・・・・・・・・。』



私って・・・




――――――――


――――――


――――


――




扉をあけると、短い廊下が現れた。

扉はすぐに閉めたが、あの様子じゃ閉まる所を見られただろう。

「ッ・・・!」

左足が異常なほどに痛い。

軽くふくらはぎが擦り切れた程度だったのに


「・・・・え・・・・?」


ふと見てみると、傷口は500円玉程度の大きさまで広がっていた。


その辺りは変色していて、とても自分の足とは思えなかった


「なんだ・・・これ・・・・」

ここは雨海千春の部屋。

この短い廊下の先は個室になっていて、明かりがついている

恐らく、千春が居るんだ。

そして、後ろからはもうすぐシャーロットが来る

どちらも銃を持っている

さらに俺の左足はここ数分間で、異常な変化があった。

この左足が何を意味しているのか、俺は考えたくなかった。

「・・・。」


とにかく、俺は前に進むことにした。

千春は銃を扱えないし、弱気だった。

もしかしたら、俺の味方をしてくれるかもしれない

味方してくれても、シャーロットに勝てるのか不安だが・・・

俺は迷いながらも、扉に近づく


カシャッ


扉は音を立て、素早く開いた。


「は・・・」

目の前には、くたびれた病衣を着た千春と

いつもの服を着ているけど、右手が包帯の千春が居た。

しかし、病衣を着た千春は拘束され、口には喋れないように専用の器具が取り付けられていた

クローン人間・・・

二人が同時に居る状況は覚悟しているつもりだったが

「ああ・・・」

なんとも奇妙な光景で、眩暈がしそうになった。

「信一」

俺はくたびれた病衣を着た千春を見ていたが

違う方向から千春の声がした

「扉の脇、私の反対側に隠れて。シャーロットの死角になるように」

そうだ。もう猶予など無い。


コツ・・・コツ・・・コツ・・・


病衣の千春を解放してあげたかったが、奴はもうそこの廊下まで来ていた。

俺はしゃがみ、シャーロットの足をすくおうとする


コツ・・・コツ・・・コツ・・・


「ッ・・・」

左足が痛い。

千春は丁度頭を貫通しそうな位置に銃口を向ける


コツ・・・コツ・・・コツ・・・


来い・・・!



カッ・・・・。



「・・・・?」


あれ、止まっ――



「「パァン!!!」」



爆音が響いた。


俺は左半身が真っ赤で


目の前の千春は右半身が真っ赤だ。



「・・・・・・・・・・・・。」


どうやら俺達は、返り血を浴びたらしい

「・・・嘘だろ・・・・・・・」

部屋の中を見ると、胸部に穴がぽっかり空いた、真っ赤な病衣を着た千春が居た。


「ペンダントを渡せ」

何だ・・・?

シャーロットの目的はペンダントだったのか?

いや、それなら最初に見たときに

「しょうがない奴らだな」

考えてる途中で、目の前にシャーロットの足が見えた。

「・・・っ!」


パァン!!


シャーロットの銃とは違い、銃声は二回りほど小さかった。


「・・・・!・・・ッ・・・?・・・ッッ・・・・・」


千春の銃弾はシャーロットの頭を見事貫通し、彼女は声も出せずに崩れた。


「・・・・。」

目の前に広がる光景はあまりにも衝撃的で、俺はただ唖然とするしかなかった。

「千春ッ!!」

包帯の千春は銃を捨て、真っ赤な人型の名前を呼びながら駆け寄る

どちらも千春に見えた俺には不思議な光景だった。


シャーロットは千春が倒した。

だが、おそらくクローンではない千春も今、死んでしまった


どうする・・・ペンダントを使うか・・・?

次は夏実と千春が生きている状態で、シャーロットを倒さないといけない・・・。

目の前で千春が殺されたんだぞ

・・・だからどうした、まだ一回失敗しただけだ。

次は絶対に成功させて見せる

人が死んだのに、そんな態度でいいのか?

そんな事を言っている場合じゃない

シャーロットのクローンが大量に居たらどうする

俺が殺されて、ペンダントがシャーロットの手元に戻れば

奴が好き勝手できる世界に戻ってしまう

早く逃げないといけない

俺は鞄からペンダントを取り出すと

真っ赤な手がそれを止めた

「うわッ!?」

千春の左手だった。

「このペンダント、何なの?」

「・・・。」

「ねぇ、教えて・・・」

千春は泣いていた

「私はさ、本物にはなれなかったから」

千春は自ら右手の包帯を解こうとしている

「いや、それはわかってる。やめよう」

もう吐きそうな俺にはトドメになるので、慌てて静止した

「・・・?」

千春は、俺と秘密を交換したいのだろう

千春が持ってる秘密と

俺が持ってる秘密

「お前は・・・実はクローンで、そこのもう一人が・・・本物って事だろ?」

既に赤い人型と化したそれを視界に入れてしまい、腰が抜けそうになる

「・・・信一、泣きそうな顔してる」

千春は俺の目を左手で拭った

そのせいで俺の頬は血だらけになる

俺の目には大量の涙が溜まっていたらしいが

そんな自覚は今でも無いし、自分でも驚いた


包帯が巻かれた右手以外は、本物の千春と何ら変わりがなかった。

「・・・・」

千春はそのまま黙りこんでしまった。

交換条件として差し出そうとした秘密は、既に俺が知っていたせいだ

「・・・わかった、教えるよ」

別に、特に隠す気は無かったから、俺は千春に教える事にした。


不審な物音がしたらすぐに使うと条件をつけた上で、ペンダントのこと

ついでに、今は存在していない未来の事も説明した。



――――――――


――――――


――――


――


「・・・信じられない。」

正しい反応だ。

俺も自分ではまだ使った事無いし、実際使っても何も起きないかもしれない

「俺もそう思うよ。でも、こいつの狙いもこれだった。」

すぐそこに倒れて死んでいるシャーロットに目をやる

気が付けば、部屋の中は血だまりになっていた。

「・・・。」

惨状を改めて見渡すと、吐きそうになる

「そのペンダントの事が本当なら、絶対に話しておかないといけないことがあるよ」

千春は俺の左足を見てそう言った。

「・・・?」

秘密は、もう無いんじゃないのか・・・?

「信一は、そのペンダントで12月19日より前に戻っちゃだめなんだよ」

何を、言ってるんだ?


「信一はね、私と一緒なんだよ。」


いや、だから・・・


「何を言って・・・」



「良く思い出してみて。」


何を・・・?


俺は何かを

見落としているのか?


「12月の18日、信一は何をしてた?」



何をしてたっけ・・・?



18日・・・まずは深夜の出来事から思い出すと

俺は久し振りに夏実と会って、話して

その後、初めてシャーロットに遭遇したんだったか・・・

そして、この研究所からかけたような電話が

電話がかかってきて・・・


切って・・・


切って?


・・・・・。



「・・・!!!!」




俺は、18日の朝を知らない。




「あれ、おかしいな・・・」



18日の午前4時頃から、19日の朝まで



確かに、空白の時間があったかもしれない



「あれ・・・」


深夜に出歩いていたから時間の感覚がおかしかった?


いや、それなら両親も気付いて声をかけるはずだ


「それって」


ここに来る直前に見たものを思い出した

各部屋の扉には、名前の書かれたプレート

千春の部屋には、本物の千春が拘束されていた。

他の部屋はどうなってる?

もし、ここと同じような事になっているならば

「全員、ニセモノにすり替わってるんだよ」

全員・・・

「夏実以外のこの事件に深く関わった人と、その周り全員が」

俺自身さえも、すり替わっていた

「12月19日までに、すり替わっていた」

「まさか・・・ッ!?」

左半身に激痛が走り、俺はその場に倒れ込んだ。

既に左足の大部分が紫色に変色している

俺の左足は、俺の命令を受け付けなかった

「どうしてこんなに・・・」

「信一は麻酔で眠らされて、ここに一度連れてこられた。」

「・・・水無瀬は助けに来なかったのか?」

「夏実は施設の前までは追ってきてたけど、シャーロットはまだペンダントを回収する気が無くて
 偵察に来ただけだったよ」

じゃあ、それはつまり・・・

「水無瀬は、俺がクローンだということを知っていたのか?」

「信一の言ってることが本当なら、信一を12月20日に戻した理由は・・・」

「待て、それならどうして水無瀬自身がこれを使わなかったんだ?」

「信一はあれより早い段階から、夏実にペンダントをくれと言われても渡す?」

「・・・渡すんじゃないか?」

「そんな事はないよ。」

千春はキッパリと答えた。

「なんでそんな事がわかるんだ?」

「信一は、なんであんなに重要な証拠を渡したの?」


――――――――


――――――


――――


――

12/20 午前3時頃


夏実はペンダントのチャーム部分をいじっている

『・・・駄目かー』

『何してんの?』

『ねね、このペンダント、私が預かっててもいい?』

『何で?割れてるし危ないだろ』

『いいからいいから』

夏実はバッグにペンダントを入れた

何だろう?

重要な証拠のはずなのに

手放してはいけないと思っていたはずなのに

何故か夏実に取られても、嫌な感じはしなかった。


『・・・それ、事件に関係あるかもしれないから、途中で返してもらうかもしれないけど』

『ん?うんわかった』


――


――――


――――――


――――――――


「・・・何で、渡したんだろう・・・。」


「シャーロットは少しなら人の記憶を操れるから
 重要な証拠を夏実に渡すのに躊躇させないようにした」

「そんな周りくどいこと、する必要があるのか?盗んで水無瀬に渡してしまえば」

「シャーロットは、できれば事を大きくせずに自分の計画を進めてるんだよ
 それは夏実も同じなんだと思う。」

クローンの俺にも勘付かれないように、夏実にペンダントを渡させた?

「12月22日の学校での事は大事件だぞ」

「ペンダントさえ手に入ってしまえば、その直前でどんなに大事件が起きてても関係ないでしょ?」

そうだ

とにかく巻き戻す事ができれば、無かった事になる。


千春の推理はこうだ。


シャーロットは時間を遡ることのできるペンダントをもう一度手中に収めたい

最初は重要な目的では無かった

何故なら、もうほとんどUSBメモリのプロテクト解除は完了していて

自分のクローン技術ももう十分な進化を遂げている

あとはUSBのプロテクトを解除し、水無瀬愛実の頭脳を手に入れる

クローン技術の完成はそこからでもいい。

あの頭脳さえ手に入ってしまえば、もうシャーロットの勝ちだった


だが、USBの中身はただのウィルスで、水無瀬愛実が仕掛けた罠だった

そうなればシャーロットは、クローンの水無瀬愛実に任せるつもりだったこれからの仕事を

自分一人で終わらせなければならない。

そうなると、彼女にはまた膨大な時間が必要になる

つまり彼女の目的を達成するためには、ペンダントが必要不可欠になったという事だ。

水無瀬愛実のコピーに任せるつもりだったのは、クローンの大規模な記憶改竄

捕らえた俺達を増やし、何をするつもりだったのかわからないが

それが不可能となった今、反抗する意思を消せていないクローン達が大量に増えた所で

待っているのは彼女自身の破滅だ。

だからペンダントはなんとしても回収しなければならない。

シャーロットは突然の計画変更に焦っていた。

俺をペンダントを回収するのに使うのは想定外で、既に夏実に施設を発見されていた。

夏実にペンダントを直させ、その後に奪い取る

シャーロットは俺と家族のデータを取り、クローンを創り上げたが。

途中でウィルスが入ってしまったのだ。

要は欠陥品だ。

多分、両親も同じなのだろう

だから怪我でもすれば、すぐに身体が駄目になってしまう

俺の役目は夏実にペンダントを渡すことと、夏実のために囮になること

学校の時、シャーロットの後ろに見えた銃と片目は、きっと夏実だ。

たとえ俺がクローンであっても、友達が殺されるのは許せないのだろう

夏実としては、クローンの俺と共に本物の俺を救出し、本物の俺にペンダントを使うつもりだったのだろう


だから、夏実が居なくなった今


「信一は自分に会いに行って、もっと前からやり直さないといけないんだよ。」

千春は、ポケットからカードを取り出し、俺に手渡した。

「本物の俺に会うのか・・・。」

「今の信一が時間を戻したら、その先に記憶を継続した信一は存在しなくなるでしょ?」

俺がクローンということは、生まれたのは18日だ。

それ以前は存在しない。

「そうなると、また何も知らない19日の信一ができて、永遠にこの時間をループするんじゃないかな」

「・・・なるほど」

千春は昔から日常の中に不思議な事、怪しい事を発見して、推理するのが得意だった。

千春はドジだし、よくボケてて、探偵ごっこも厄介だと思っていたが

今回だけはちょっと感心した

「片手しか使えないけど、歩くの手伝うよ」

千春は手を差し伸べ、俺が立ち上がるのを手伝ってくれた

「・・・ありがとう」

一時期はゾンビ扱いしていたが、今では罪悪感で胸が傷くなる


もう左足は付け根まで機能しなくなっていた。

下腹部も既に感覚が怪しい。

俺には、後何分時間がある?

死の恐怖に怯える時間さえ残されていない

後ろは振り返りたくなかった。

千春が死んだなんて、そんなのは一切認めない

俺がもうすぐ死ぬ事も、認めたくない。



――――――――


――――――


――――


――


ある女は、監視カメラの映像から小さな部屋の様子を眺めていた。

広い部屋には大量の画面があり、女はその1つに注目していた

画面には、二人の死体と、少年少女が映っている。

「やっぱり、クローンは判断が甘いな。」

その女は右手で前髪をどけ、額を抑えていた。

落胆しているわけではない。

何かの傷が痛むようだった

「それと、手術の腕もいまいちだ・・・」

女は画面を見ながら呟く

その額には、一体どんな大手術をしたのか、横一直線に縫い目がたくさん繋がっていた。

縫い目はどうやら頭を一周しているようだ。

「しかし、怪我をしていたとはな。」

これでわざわざ潰しにいく手間が省けた

そう思い、画面に映っている少年が力尽きるのをゆっくりと待っていた。

少女は、何かを少年に一生懸命話していた。

「・・・っはっはっは」

この監視部屋では、特定の部屋の音声を拾う事くらいはできる

しかし、彼女は少年少女の愛溢れる感動のお別れなんかに興味は無い

わざわざ音を拾う設定になどしていなかった。

「・・・まだかねぇ」

何故か身体のサイズの合っていない、大きな回転椅子でくるりと回る

やけに長い少女の語りを終え、映像は彼女の予想を大きく外れた。

少女は、少年にカードキーを渡したのだ。

「・・・何をしているんだ?」

それはどう見ても感動のお別れの雰囲気ではない。

「・・・。」

仮に少年が真実を知った所で、今更何もできない。

・・・何も出来ないか?

本来、ペンダントは水無瀬愛実の娘が持っているはずで

今は少年が持っているんだぞ?


「・・・まさか」


サイズの合わない大きな白衣を着た女は、クローン達に指示を出しながら早歩きで退室した。


――――――――


――――――


――――


――



内海信一郎の部屋



追手はまだ来ていない事を不審に思いながら、奥の扉を開いた。


「・・・!!」

奥には、病衣を着て、拘束されている俺が居た。

普通ならありえない出来事に頭がついていかず、一瞬くらっとした

目の前の俺は、俺達が血塗れな事や、腐食している事に驚き、壁方向に後退りしていた。

こいつが、ホンモノの俺で、俺はニセモノ・・・

「信一、早くしないと」

千春は唖然としている俺を揺さぶる


そこで気づいた


コツ・・・コツ・・・コツ・・・


誰かが来ている。

その音はまだ小さく、遠くからだった。

余計な事を考えている場合ではない

どうする、何か説明を

「おい、聞こえるか?」

「・・・!」

目の前の俺は怯えている。

こっちはそれどころじゃないのに、なんだか哀れに見えてしまう

「いいか、俺はお前のクローンだ。お前自身だ。今から俺が話すことをよく聞くんだ。」

「・・・。」

震えて動揺しながらも、真っ直ぐに目を見て頷く

とりあえず必死さは伝わったようだ。

しかし、目の前にいる俺は疲れ果てていて、声が全て届いているのかは怪しかった。

「しっかりしろ!これから話すのは助かるために重要な事なんだ。なんとか頭に入れて欲しい」


俺は拘束を解き、説明を始めた


――――――――


――――――


――――


――


俺はここ数日間で経験した、目の前の俺が知らない事を簡潔に説明していた

本物の俺の顔色は悪いが、話を聞いているうちに、虚ろだった目には徐々に光が宿っている

俺の腐食は右足まで進み、もう足での移動は不可能だった。

まだ心臓は大丈夫だ。まだ俺の知識を分けることができる


遠くだった足音も徐々に大きくなって来ていて



コツ・・・コツ・・・コツ・・・カッ。



今、止まった。


俺は何があろうと、ギリギリまで説明を続けるつもりだ。

どちらも先に撃たれる事のないように、千春が入り口に立って見張っている。

だから、部屋の入り口の扉は開いたままだ。

これなら千春が撃たれても、ペンダントを使う少しの猶予がある


「そこに居るのはわかっているぞ」


・・・シャーロットの声だ。


ガコッ・・・・


廊下の先の、一枚目の分厚い扉が開き始めた。




ドジな千春はあの後、銃を拾い忘れて来たんじゃないかと寒気がしたが



大当たりだった



――――――――


――――――


――――


――



「・・・あれ・・・・・・え・・・・・・えっと・・・
 ・・・えぇ・・・?うあ・・・あ・・・・あああぁ・・・」

私は銃を準備しようとしてすぐ、置いてきた事に気付いたけど、そんな事信じたくなかった

「なんで・・・?私、最後の最後までこんな・・・」

今にも涙が溢れ出しそうだ。

顔が熱くなる

奥の扉が完全に開いた

「なんだその姿は。撃ってくださいって事か?」

シャーロットはニヤついてる

さっき倒れてたのに

怪物

化物

何人もいるんだから当たり前だ

どうしよう

とびかかる?

なんとかして攻撃す――



「「パァン!!!」」


「きゃぁあッ!!」


あぁ、もう死んだ。


私は目を瞑る






・・・。




バタッ・・・




・・・。




・・・?


倒れる音は聞こえたのに、私は生きている



目を開けると、前方には白衣が横に倒れている

廊下は血だらけになっていた。


この施設に、この事件の関係者で、他に誰がいるのか



「千春・・・!」


「恵!?」


なんと、目の前でシャーロットを銃殺したのは恵だった。

「宇佐川!?」

信一は説明をやめ、私の方を見る

「うん、恵だよ!恵が助けに来てくれたんだよ!」

信一は私につられながらも微妙な笑顔になると、説明を再開した。

私はすぐに恵に走り寄った




大きな白衣を着ていた




――――――――


――――――


――――


――



千春は部屋を出ていき、誰かに走り寄っていった

千春が言うには宇佐川らしいのだが

俺達を追跡したり、ここの場所を知ってる理由はまぁあるのかもしれないが


何であの爆音の銃を持っている?


そこが引っ掛かり、俺は素直に喜べなかった。


俺は、もう一人の俺に説明を続けながら

ペンダントを恐らく安全である日に設定し

もう一人の俺に握らせる

あとは目の前の俺が押しこむか、俺が彼の手を取って押させればいい

どちらかが親指に力を入れれば逃げる事ができる仕組みだ。

だが、彼の頭に銃弾が命中すれば記憶は壊れておしまいだ。

無事なうちに押すしか無い

「だから、この3つのポイントから狙うのがいい。
 他に接触できるチャンスがあるか怪しいんだ」

彼も廊下の状況が気になるのか、よく聞きながらも視線がチラチラと廊下に向かう

「でも危険は最小限にしたいから、遅い時期、特に18日の午前3時は駄目だ。
 理由はさっき言ったからわかるよな。捕まるとまずい」

彼はコクリとうなずく

「だからなるべく早――




「「パァン!!!」」





ドサッ・・・





俺はペンダントを握る右手に力を込めながら、説明を続けようとした



千春が血をまき散らしながら吹っ飛んできたのを横目で確認しながら



「・・・なるべく早――



「なるべく早く、顔を出したほうがいいと思うな」



俺の声を遮るように、数倍大きな声が響いた。


「・・・!」

俺はペンダントを上着で隠れて見えないようにした

本来なら、もうペンダントについているつまみを押し込んでいる


「今出頭すれば、本物の内海信一郎は助けてやると言っているのだが」


でも、その声の主は宇佐川だった



――――――――


――――――


――――


――


俺は、突如現れたもう一人の俺から

俺が居なかった外での出来事、これから起きるかもしれない事

そして、それを未然に阻止するにはどうすればいいのかを聞いた。

目の前の俺は本当に命をかけている


俺も命をかけてこの事件の真相を追っているつもりだったが

いつも千春がやっている探偵ごっこの進化系であることは否定できないし

あくまでもちょっと怖いもの見たさなだけで、いざとなったら逃げ出していただろう

もう一人の俺の身体は既に半分が腐っていて、何で生きているのかわからないレベルだ。

俺じゃなく、中に違う人が入っているんじゃないのか

彼の並大抵ではない覚悟と真剣な眼差しは、本当にそう疑わざるを得なかった。


彼の話は、なんとも不思議なものだった

ペンダント

夏実の正体

シャーロットの目的

今ここで起きている惨状

普段の俺なら鼻で笑い、そんな事を言う人とは縁を切るだろう

でも現に目の前のこいつと千春は、今説明されたとおりに、本当に俺を守りたいようだった

本気で信じてやらないと、こいつと、今は動かぬ千春が報われない

まだ会って数分、俺はこの二人の最期を知って、必死に涙を堪えていた



今、目を真っ赤にしながら、ボロボロと止まらない涙にさえ気付かずに説明を続けようとしている


きっと、こいつはここまで相当の無理をしていたんだ。


だって、俺はこんな真似できない。


俺が不可能だと思うことを、俺自身であるこいつは今も続けている。


何度も、辛いのを無視してきた


本当は悲しくて耐えられないことを無視してきた。


普通なら泣いてしまう場面で、平気な顔で冷静に判断しようとした


本当は、誰から見ても泣きそうな顔だった。


そして、つきつけられた現実はあまりにも残酷だった


いくら頑張った所で、呆気無く朽ち果てる


こんなに辛い思いをしてきたのに、所詮は捨て駒


今、最善な方法を見つけたと思えば


こいつが元から生まれて来なかった事になる


こんなのって、あまりにも酷いじゃないか。


クローンであるもう一人の内海信一郎は、そこに倒れ込んだ千春を確認してから泣きっぱなしだった。


誰一人守ることが出来ず


最期に俺を守ろうとするその姿はすがりつくようで


とても寂しかった



――――――――


――――――


――――


――


「全く、反抗的な奴ばかりだ。お喋りを止めろと言ってるんだ」


宇佐川は、俺を黙らせるために


銃口を向けた


「宇佐川・・・」

サイズが合っていない白衣

大きく見えるが、シャーロットの物と同じサイズだろう

さっき、部屋に入ろうとしていたシャーロットを銃殺し

嬉々として走り寄った千春も銃殺した

「何なんだ・・・お前たちは・・・」

声がうまく出ない。

宇佐川を睨みつけると、額に横一直線の縫い目があることに気づいた

以前はあんなもの無かった。

「そういえば、お前と仲が良かったな。この少女は"千春"とか言う奴と違って
 運動神経が良いし、身軽で使い心地が良いぞ」

何を言っているんだ。

見た目は宇佐川で

口調はシャーロットだ。


「貴様らがどんなに反抗した所で、私に勝つことはできない」

どうなってるんだ・・・

「千春を心肺停止状態にするスイッチは、千春に奪われていたようだ」

宇佐川は銃口をこっちに向けながら、千春のポケットから小さな物を取り出す。

「私のクローンに持たせていたんだが、油断しすぎていたようだな」

"私"・・・となると、コイツはやはりシャーロットだ。

「わけがわからないといった顔をしているようだが、脳の移植はクローンで何度も試していてね」

「・・・。」

「まぁ、クローンで実験するとすぐに腐るから手術の結果は全て信頼できるものでは無かったが」

こいつは何かとんでもない事を言っている

「こうして実現した。傷だらけだがな!っはっはっは」

ナルシストなのか、自分の凄さを讃えよという感じだ

こいつが有名になったのも、まだ誰も知らない実験の結果を言い当てたから

こいつが世間からどう思われるようになったのか

"天才の"シャーロット博士だ。

彼女は大怪我をしたのにもかかわらず、全く腐っていない。

それはつまり、宇佐川の姿をした目の前に居るコイツこそが

"ホンモノ"だったのだ。

「まずはお前の学校で宇佐川恵として生活し、ペンダントの情報を集め
 そのついで、ゆっくりと優秀な人材が居ないか調べようと思っていたのだが」

すぐに撃てばいいものを、天才が聞いて呆れる

「この身体で役に立った事といえば、せいぜい千春の始末くらいだったな。」


どうする

押すか・・・?

コイツが今宇佐川に化けていた所で、時間を戻してしまえばいい

シャーロットの死体は12月20日、脳が無い状態で発見された。

「私が憎いか?友達を3度も殺されて、どれほど私が憎い?」

頭部の状態については、その後からハンマーで殴るなりしたのだろう


胸の辺りが痺れてきた。

意識が朦朧とする

そろそろ押さないと、俺が力尽きる。



・・・抜け殻になった死体を保存していた可能性がある


「この期に及んで私を無視するとは・・・」


そうであれば、宇佐川が誘拐された12月16日から既に怪しい


「お前・・・」


俺はつまみを16日よりも前までゆっくりと回した。



これで――




「「パァン!!!」」





カチッ







――――――――


――――――


――――


――






12/13



雨がザーザーと降り注いでいる・・・



「・・・・。」



部屋の窓から外を眺めていた。



俺は、はっきりと覚えている



こうして今、窓から外を眺めている直前の俺は

もう一人の俺の顔の4分の1が、銃声と共に破壊されるのを見た。


「・・・。」



俺はあの研究者を許さない



大雨ということは多分、今日は12月13日だ

"今から17日に飛ばす。二人が拐われるタイミングか、家に侵入された時間"

"この3つのポイントがあるから、最善だと思う時間をよく考えてから、もう一度時間を巻戻して欲しい"

"さっき言ったとおり、ペンダントは水無瀬がすぐに直せるからまずは水無瀬を呼ぶんだ"

"ここは念のためもう一度言う、二人が――


実際に飛ばされた時間は17日ではなく、3つのポイントのどれでも無かった


彼は撃たれる直前、ペンダントをいじっていた。

シャーロットとなった宇佐川を見て何か考えていたようだが

「・・・そうか」

いつシャーロットの脳が移植されたのか、明確じゃない。

宇佐川が囚われてから、いつ脳が移植されてしまったのか

予想が外れれば、油断した俺は即死というわけだ。

しかし、ここまで慎重に行くとなると、問題が出てくる

興奮状態の中、彼は彼なりに必死に考えていたようだが

まだ注意すべき所がある


『実は13日の朝、恵とあのペンダントを見つけたんだ』


確か、"クローンの千春"がそう言っていた。

俺は登校中に発見したのだと思っていたが

今日は日曜日なのだ。

日曜日の朝から、しかも大雨なのに、あんな所を歩く用事ってなんだろう?

そもそも宇佐川と一緒にいた事が嘘だとか、朝というのが嘘だとか

いろいろと不明な点はある。

でも、彼女自身の平和を守るためにやった事だというのは聞いたし

嘘をついたことについて、責めるつもりは無かった


何が確定している情報なのか

確定していない情報をどう見抜くか

保険があるとはいえ、失敗したらそこで終わりだ。

保険といっても、今手元にはペンダントが無い。



とりあえず、今は本物の千春の言葉を思い出すべきだ


『俺は行かないぞ。寒いし、あんな所入ったら怪我するだろ』

『えー、じゃあいいよ』

『・・・お前らしくないな。いつもしつこいのに』

『いいよ!私一人で行くから。もう準備してあるもんねー』

『いや、女一人でそんな所に行くなよ』


確かここで千春は、鞄からペンダントを取り出して

『昨日さ、森の入り口でこれ拾ったんだー♪』


千春は13日の夜には、14日に探検する準備をしてあって

13日にペンダントを拾ったので間違いない。


シャーロットは12日のどこかでペンダントを落とし

13日に千春が拾った?

いや違う。

シャーロットは最近夜中で何度も目撃されていたんだ。

だから12日ではない。


それと、何故か目撃されたのは人が居ない夜中だけ。

そんなに目撃されるのはおかしいんじゃないのか

少なくとも、シャーロットの性格を考えれば、そんなヘマをするような奴じゃない

仮にシャーロットがこの目撃情報を流したとすれば、何のために流したんだ?


確かシャーロットは、まずうちの学校の生徒から使えそうな奴を捕獲するという目的があった

別にそれは、うちの学校でなければならないわけではなく

元々、ペンダントを落としたから探していたわけではなく

この近辺に住んでいる好奇心旺盛な人を、森に誘い込むのが目的だったのだろうか?



だとしたら、シャーロットはこの目撃情報を流し始めた頃から

既に人を拐うなど容易いといえるほどの力があった。

それはつまり、複数のクローンの存在を意味する

・・・それより前は、ペンダントはシャーロットの手元にある

つまり、ペンダントがシャーロットの手元に無くて

かつ、彼女を守るクローンが存在しない期間は無いんじゃないだろうか

だが、12日以前に俺が拾ってしまえば、夏実に渡さずともペンダントを使える。

何せ、ペンダントが壊れたのはこの大雨のせいだ。

・・・いや、ペンダントを俺が下手に拾って、目を付けられたらまずい。

千春はペンダントを14日に学校に持ってくることが確定しているんだ。

そして俺が受け取っても、奴はまだその時点で気づいてないはずだ。


「・・・あれ?」


俺は情報を1つ1つ慎重に整理しながら、重大なことに気付いた



「・・・何だ?簡単すぎるじゃないか」




全て終わらせてやる。




12/14




学校



「おー、信一おそよう。」

「そういえばさ、昨日もいつもの森で不審者が目撃されたんだって」

「へぇ」

「ねぇ、この頃毎日目撃されてるし、ちょっと今夜入ってみない?」

「その目撃情報はいつ頃からあった?」

「え?んー・・・先週くらいから?」

「そうか・・・」

「ねぇねぇ、そんな事より、行ってみない?
 ほらほら、森の入口でこんなの拾ったんだよー?」

「綺麗なペンダントだな」

「そうでしょー!これって不審者が落としたんじゃないかなって」

「ちょっと見せてくれるか?」

「えー?今夜一緒に来てくれたらいいよ」

「・・・わかった」

「よっしゃ!!」

「・・・こんなにテンション高い千春を見るのは久しぶりだな」

「えー?土曜日もこんな感じじゃなかったっけ」

「そうか・・・多分、別の人と勘違いしたかも」

「そうだ、昨日って日曜日だったよな?なんで朝に宇佐川と一緒に居たんだ?」

「え?ちょっと待って!私と千春が一緒に居たの、何で知ってるの?」

「あれ、宇佐川居たのか。気付かなかった」

「はぁ!?背が小さいの馬鹿にしてるの!?」

「いや静かだったから」

「あぁそう・・・何の話だっけ?」

「ちょっと買い物行こうと思ったら見かけたから、何してたのかなって」

「ふーん・・・いや、ただの散歩だし」

「・・・そうか、朝であってるのか」

「え?なに?どういう事?説明してよ」

千春が動揺しているので、俺は誤魔化してやろうと思った

「へぇ〜、中はこんな風になってるんだな」

「急に話そらさな・・・ってえそれ開くの!?えぇちょっと、中身見せてよ!」

「ん?ほら、何も入ってないよ」

「ほんとだ・・・つまんないの」

「・・・散歩か」

「ん?何か言った?」

「いや、なんでもない。これ、ちょっと預かってていいか?」

「え?なんで?」

「何か仕掛けがあるっぽい、パソコンじゃないと解けないみたいだ」

「ほんと!?それなら信一に任せるよ」

「ありがとう」

「うわー、嘘くさ・・・」

「・・・っていうか宇佐川は何で不機嫌なの?」

「解けたら見せてね!!」

「わかった」



12/14


夕方



水無瀬家



「水無瀬、いるか?」

「はい、どなたで・・えぇっ!?なんでうちの場所知ってんの!?!?!」

「ちょっとこのペンダントの事で、用があるんだけど」

「・・え、なにこれ?どっかで拾ったの?私、装飾品屋さんじゃないんだけど」

「シャーロットを止めるには、一度このペンダントを直さないといけない」
 
「・・・あがって。私にはそれの事わからないかもだけど、何があったのか話を聞かせてね」





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12/14



午前3時





天才と呼ばれた研究者は、森でペンダントを探していた



いつも忙しくなく、人が居ない深夜を狙っているのだが



入り口付近を探索しているクローンが、新聞屋に何度も見つかっている



本物の私ならばこんなミスしないのに、間抜けな話だ。



相変わらずこの森は足場が悪い。



装備を整えても、長時間森の中を歩かせると、クローンはどこかしら怪我をして駄目になってしまう



だから、入り口以外は自分一人で探していた



「無いな・・・」



私の計画は順調だ。



ペンダントなど無くても、私の目的はもう少しで達成される



それに、ミナセのクローンにもう一度作らせればいいだけの話だ



・・・とはいえ、保険があると楽なのには違いないし



永遠の命を実現できる代物なのだ



「・・・。」



やはり、入り口で落としたんじゃないのか?



《私だ》



ちょうど、入り口・・・森の周りを探している私からの通信だ



「どうした?また見つかったか?」



《ペンダントを見つけた》



完璧だ



それでこそ、天才の研究者



私はもうじき、世界を思いのままにする力を手に入れる



そして今、私は再び時間を支配した



時の支配者である私は、更なる高みを目指すのだ



「よし、持って来い。大事に扱うんだ」




《・・・だが、オリジナル》



「・・・何だ?」



《壊れているぞ》



「そういえば、大雨だったな。ミナセの娘なら直せるんじゃないのか?」



《そうじゃない》



「?」



《もう、メチャクチャに壊されている》



「・・・・何だと?」





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『どうすればいいの?それだと正直、勝てるわけがないよ』



『いや、やることは凄く簡単なんだ』


『え?』



『俺が過去に遡り』



『この一連の事件を、最初から無かったことにする』



『あのペンダントを、完全に破壊するんだ』








――――



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誰も死なせないためにはどうすれば良いか



俺達がこの事件に干渉しなければ良かったのだ


そうすれば、千春が森に迷い込み、捕まることはないし

宇佐川が口を滑らせて、ペンダントと言いかけてしまうこともない



本物のシャーロットをつきとめるとか

クローン達と戦うとか

施設を破壊するとか

そんな事は一切しなくていい。



あのペンダントを千春達が拾う前に破壊し


13日の夜、森の入口に置いてやれば良かったのだ。



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12/16





そういえば、夏実に報告をしていなかった。

一度時間を戻しちゃったから、彼女はまだ知らずにシャーロットと戦っているのだった

ペンダントが破壊された事によって、奴は今までと全く同じをするわけじゃないから

夏実を放置しておくのは危険だ

帰りに寄っていこう




――――――――


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――――


――



学校


俺はいつものように、席についた。

「おー信一、今日も早いねー」

千春が開けっ放しの扉から教室に入ってきて、俺に向かって手を振る

俺のほうが早く来たんだ

事件が収束してから、俺は若干早起きになっていた

朝の教室の状態が若干トラウマになっているだけで

数日経てばまた遅刻するようになるだろうと、勝手に自分が駄目になる未来を予想する

「・・・あれ」

俺の第一声は、朝の挨拶では無かった。


「宇佐川、まだ来てないのか?」

「うーん、待ち合わせ場所に居なかった」

時計を見ると、もうすぐホームルームが始まりそうだった

千春はギリギリの時間まで、待ち合わせ場所で宇佐川を待っていたのだ。

「そうか・・・」



嫌な予感がした


風邪だろうか?


そんな事は無い


だって、宇佐川は少なくとも昨日の夜まで風邪をひいていない


確認はしていないが、昨日の宇佐川は家に居たはずなのだ


探偵ごっこで寒い中外に居たわけでもない


「どうしたの信一?顔色悪いよ?」

千春はそんなに気にしていない

まぁ、これが心配しすぎな人を見た時の普通の反応だろう

「おーい、お前ら静かにしろ」

いつの間にか、先生が前の扉のところに居た

「昨日の放課後から、宇佐川を見た奴は居ないか?」

・・・・・。

「雨海、お前は?宇佐川と仲いいだろ」

「え?いえ・・・見てないですけど・・・」

「内海は?」

「知らないです・・・」

「そうか、一限は自習になるかもしれないから・・・お前ら、静かにしてろよ」

俺はこれと似た状況を何度も見たことがある。


行方不明だ


「恵、どうしちゃったのかな・・・」

千春は宇佐川が一体どうしたのか、俺に意見を聞こうとする

「・・・・・。」

こういう場合は大抵、楽観的な予想をしてお互い気を落ち着かせる

「・・・信一?」

「ちょっと早退する。先生に言っておいて」

「え、ちょっと!?そんなの呼び出し食らうかもよ?」

「また明日」

俺は、悲観的な予想しかできなかった。





水無瀬家


「水無瀬、話がある」


「おー、信一じゃ・・ってええ!?!?なんでうちの場所知って・・・何、どうしたの?」



――――――――


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――――


――



「・・・。」

夏実の顔は険しい。

ペンダントを破壊する事を承諾したのも夏実だったが


状況は、考えられる中でも最悪だった。

まず、時を遡る事のできるペンダントはもう存在しない

シャーロットが数日中に自滅するのは確かだ


しかし、このやり直しのきかない状態で宇佐川は囚われた

身体能力が高い宇佐川がこの後される事は、もうわかっている。

シャーロットは死亡するが、宇佐川も死ぬ

そして、小さな研究者が生まれる事になる

シャーロットの死体が発見されるのは20日だが

実際に移植が行われる時間帯は不明だ


「シャーロットは、この周辺で自分が乗り移る器を探していた。それは間違いないね?」

「間違いない。この町が奴の拠点なんだ」

「なら、恵の場合は通学路の途中に森がある」


この状況は、別に森の中に直接誰かが迷い込まずとも

宇佐川という優秀な人材を的確に見つけ出し、乗り移れるという事だ

「えぇと・・・ウィルスが流れて、クローンが使えなくなるのは18日」

「でも、恵に乗り移った理由は、本当に人材を探すだけ?私にはそうは思えない」

「どういう事?」

「たぶん、ペンダントを使って、恵の身体で戻るつもりだったんじゃないかな」

・・・?

「死体が発見されたのは20日、ウィルスが入り込んだのは18日だよ」

「18日中には既にどうしてもペンダントが必要になっていて、持っていたのは私達
 次回からはペンダントを自分の手元に置きやすくなる」

「・・・なんで?」

「恵の身体でペンダントを押すんだよ」

「・・・そうすると、どうなるんだ?」

「記憶は保護されて、世界は巻き戻る。恵の頭の中にあるのは、シャーロットの脳」

記憶以外は、元に戻る・・・

「たぶんこの場合、シャーロットの脳の記憶が保護されて、世界が巻き戻る」

夏実の言う通りに考えるならば、純粋なシャーロットは復活し、小さな研究者も健在となる

「それって・・・」

「増えていくんだよ。シャーロットが。」

・・・気味の悪い話だ。

「恵に乗り移ったあいつは、次に優秀な人材を探すんだよ。だから、もしかしたら信一が」

俺が拐われて

「乗っ取られるかもしれないんだよ」

「いや、ちょっと待て」

それをするなら、まず大前提がある

「俺はペンダントを破壊したんだぞ?」

それはシャーロットも知っているはずだ

「前のシャーロットはUSBメモリの中身はウィルスだって理解した上で
 俺達が持ってるペンダントがどうしても必要だから、宇佐川に乗り移ったなら」

「つまり俺達が、修復可能か、修復済みのペンダントを持っている必要がある
 今のシャーロットは、俺がペンダントを持っていた事実さえ知らないぞ」

USBの中身がウィルスだとわかれば、シャーロットは絶望するはずだ

時間を戻すことが出来なければ自分を増やすこともできない

「うん、だから今回は全く違う。
 何も出来なくなったシャーロットが一体何をするのか」

宇佐川が拐われなければ、ただ静観していれば良かった。

ただ、シャーロットの自滅を待つだけで良かったんだ

「拐われた宇佐川はどうなるんだ・・・?」

「たぶん、18日以降にそれが決まると思う。少なくとも、無事に帰してくれることは無いよ」

「・・・・・・。」


最悪だ。


こんな事なら、ペンダントのある何度もやり直せる状態で

正面から戦ったほうが良かったのかもしれない。


「信一、あのペンダントの壊し方を知ってるのは私だけだったはずだよ」

そうだ

あのペンダントはとても頑丈で、壊すのには手順があった。

奴はあれを壊したのが俺だとは思わない


「まず、あいつは私を狙いに来ると思う」

・・・。

「前のお前は、どうしてこの方法に同意したんだ?」

「これは元々、私とシャーロットの問題だよ。」

夏実の母亡き今、自分とシャーロットさえ居なくなれば収束と考えているらしい

「俺は、誰も死なせたくない」

もう一人の俺なら、きっとこう言ったのだろう。

今の俺にここまでの覚悟があるかは怪しいが、死なれたくないのは本音だ。

「・・・?」

宇佐川は勿論、夏実だって俺の友達なんだ

俺にとっては、彼女が死んだって失敗だ。




信一郎は一瞬、窓の外を見た。

それが何処を見ていたのか、夏実にはわからなかった。


「考えがある」




――――――――


――――――


――――


――



12/17


天才の研究者の分身は、水無瀬家を見張っていた


「オリジナル、ミナセの娘は今日も少年と一緒にいるぞ」

《ほう、やはりあの娘と友達だったのか》

彼女が水無瀬夏実の姿を見たのは久しぶりだった。

・・・最近生まれたばかりだから、久しぶりも何もないが。

《そいつ名前はわかるか?》

「宇佐川恵のクラスメイト。内海信一郎だ」

《・・・繋がっていたのか》

ペンダントを破壊したのはミナセの娘に違いない。

しかし、それ以外何も音沙汰がない。

身体能力の高そうな少女を捕獲してみれば、それは水無瀬の友人だという

・・・問題なのは、あの少年の行動だ

昨日、私が学校側の対応を見守ろうとしていると

あの信一郎という少年は、宇佐川恵が行方不明になったと聞いた途端

すぐに早退し、水無瀬夏実の家に向かったのだ

「初めから手を組んで、我々の動向を観察しているんじゃないか?」

《妙だな・・・あの少年は凡人だ。ミナセの娘が協力を仰ぐ程のものとは思えん》

「少年に口を割らせるか」

《頼んだぞ。私はアレの解除で忙しいからな》





夜 23時

信一郎の部屋



「・・・・・・。」

少年の部屋は至って普通だ



・・・・・



ベッドには膨らみがある



・・・・・



麻酔の状態に問題なし



バサッ・・・



カチャッ


「な・・・」


「こんばんは。」


こちらに拳銃を向けた少年が、そこには居た。

だが、私はクローンだ。とりあえず麻酔を撃ってしまえば

別のクローンが後はやってくれる

《どうした?》


「いや――


「誰と連絡を取ってるんだ?」


《おい、今の声は誰だ?》


「が・・・ッ!?」


《おい!聞こえ――


ガシャン!!




――――――――


――――――


――――


――




・・・・・。


「何だ・・・?」


無線が破壊された。


就寝した内海信一郎に麻酔を打ち、運んで来るだけの話だ。


本当にペンダントが落ちていただけで、私を疑い、動向を観察していた?


いや、そもそもあの娘が、少年に協力を仰ぐかどうかさえも怪しいのに



クローンは全部で4体しか居ない。

その内の1体が潰されたとなれば、残りは3体だ


「全員、今すぐ研究所に戻れ。攻撃対象を変えるぞ」




12/18



「内海雅之です」


「あら内海さん?うちの千春がどうもお世話になっています〜」


「いえいえ・・・ペンダントの件、大丈夫ですか?」


「えぇ、勿論です。今から向かいますね。」





「雨海春香です。うちの千春がどうもお世話になっています〜」


「誠司です。いえいえこちらこそ」


「ペンダントの件、お願いします」


「わかりました。妻がもう少しで帰ってくるので、それから向かいます」





――――――――


――――――


――――


――


研究者は久しぶりに混乱していた。

時間を操る中で、こんな事はもう何十年も無かった。



「ペンダント・・・?」


《内海雅之がそう言った。あの家で予備を持っている可能性は否定できない》

内海家への監視を強化したが、特に動く様子は無い

・・・確かに、今までミナセの娘が行動に出る前に、私が使っていたのなら

その存在を私が今初めて知っても、何ら不思議は無い


「昨日は予備のペンダントを使って、クローンを襲ったと言いたいのか」

《それで"シャーロット"を倒したと思っているのなら、今こうして時が進んでいる理由も説明できる》

「通話相手は雨海と言ったか?そいつも宇佐川恵の友人であり、ミナセの娘とも繋がっていたな」

だとすると、本当は雨海家に予備のペンダントがあり、そこで時間を戻していたことになる

「今すぐ雨海家へ迎え。3人でだ」

《少年はどうする?》

「何か動きがあったのか?」

《学校に向かった》

「放っておけ」

どうせ、もうじきあのプロテクトが解除され

正真正銘の天才の頭脳が手に入る

そうなれば、今居るクローンを全て使い果たしても関係ない



あまり事を大きくするつもりは無かったが



「銃を使ってもいい」



――――――――


――――――


――――


――


雨海家



やられた。

雨海の家はマンションだったのだ

一軒家のように、取り囲むことなど出来ない。

入り口も、出口も1つだ


「こちら02、侵入した」



《03、外は異常無しだ》

三人いると邪魔になるので、03は駐車場で待機だ。

「04だ。階段にいる。異常があったらすぐに言え」



「02、入ってすぐ雨海浩史と遭遇」


「なんだか、賑やかそうですね」


目の前には穏やかそうな男



カチャッ



「ペンダントを渡せ」


「そのピストル、見た事無いですねぇ」


「・・・いいから手を上げろ」

雨海浩史がややゆっくりと手を上げると、キッチンから雨海春香が顔を出した

「あらら〜、本当にシャーロットちゃんなのねー」

私を馬鹿にしているのか

「ペンダントを渡せと言っているんだ」


「そんな物は無いな」


後ろから声がした。


「内海雅之・・・」


「お前、この前記者会見でクローン実験の事否定してたよな?俺は覚えてるぞ」

確か、01もこの男に

「貴様ら・・・」


ガガガッ・・・


《03、宇佐川誠司と――バキバキッ!!


"宇佐川"だと・・・?

「・・・・。」


《04、内海翔子と宇佐川優――ザザーー・・・ザ・・・

・・・何人居るんだ?

「・・・・。」

雨海春香はシャーロットの顔を見て、心配そうに言う

「大丈夫、多分手加減してるから・・・」





――――――――


――――――


――――


――


《くそっ!!貴様ら、これ以上――プツン・・・


ガガガガ・・・・ガ・・・


「3人に対して7人か・・・っはっはっは・・・。」


部屋一面にあるモニターの画面は、真っ赤だ


先ほどまで全てが青く、フル稼働でプロテクトを解除していたコンピュータは


全滅していた。


たった今研究者は、一体何が起こっていたのか


やっと理解した。


「そうか、私は・・・」


私はどうやら、覚えはないが一度ペンダントを奪われたらしい。


そして、ペンダントを破壊したのは、他でもない少年だ。



目の前の惨状を見て、彼女は確信した


こんなに私を必死に追い込む理由は1つしかない。


彼らの狙いは、宇佐川恵だ。


クローンはもう、作れない


私の未来は、放って置いてもこうなっていたのだ。



「・・・。」




――――――――


――――――


――――


――


放課後の帰り道



おかしい。


ここまで面白いほど上手くいっていた

俺の予想はほとんど的中していた。

しかしそれが今、こうして外れている


「シャーロット博士、来なかったね」

千春は心配そうに俺を見る

クローンはこれで4体捕まえた。

殺してはいないし、大人達は扱いにも十分注意したと思う

施設の時、駆けつけたクローンは一体ずつだった。

あの時俺が見たクローンは全部で二体

今回は最初に一体、次に三体同時に駆けつけた。

正直、多くても二体だと思っていたから失敗が怖かった

一人あたり3人がかりの合計6人で相手するつもりだったのだが

一人目はお父さんと、千春の両親

二人目はお母さんと、宇佐川の母親

となると、三人目は宇佐川の父親が単独で何とかしたようだった。

「・・・。」

雨海家が襲撃された時はまだ朝だった。

俺のクローンを生成中にウィルスが混入したなら

それはきっと朝ではない。

やけになって大量に投入した可能性は低い

まだまだ居るのか、もうほとんど居ないのか

判断が難しい状況だった。


俺の予想では、放課後までに全てを失ったシャーロットは宇佐川を人質に学校を襲撃すると思った。

もう一つのペンダントがあることを信じて。

だから、夏実の銃は俺が預っている。

未だにプロテクトの解除が終わっていないのだとしたら、かなりまずい。

おまけに、クローンの数も未知数だ。

とりあえず、一旦皆集まっている雨海家で作戦会議という事になった。


「ほう、二人で仲良く下校か。いいねぇ」


思考を巡らせていると、俺達の目の前に突如シャーロットが現れた。


宇佐川を連れて。


ここまで来て、俺は油断していた


「武器を出したら、この少女の命は無いぞ。お前が使った所で、どうせ当たらないと思うが」


「シャーロット博士・・・」

テレビによく出ていた人物だからか

千春は未だに信じられないという感じで驚いていた。

奴は銃を宇佐川の背中に突きつけている

対する宇佐川は、黙っている


シャーロットは俺を睨みつけ、口を開く

「研究所まで来い。場所はわかっているな?」

「!?」

・・・勘付かれた?

「早くしろ。ついて来い」

シャーロットが背を向けた

今なら・・・!




「「パァン!!!」」




・・・・・・・・。




「命は無いと言っただろう?」



「・・・お前・・・人質の意味を・・・」


胸に風穴の空いた宇佐川が、道端に倒れ込む


「・・・え・・・恵?・・・恵!!!」


千春は宇佐川に駆け寄ろうとするが


シャーロットは俺達に銃口を向けた。


「最近の高校生は日本語もわからないのか?ん?」


こいつは今、何をした?


「お前・・・今何したんだよ・・・」


「いいから研究所まで来い。話はそこで――


「こんな道端で騒いで、何のつもり?」


夏実が現れた。


「水無瀬・・・」

「ミナセの娘か。ペンダント無しで、こんな危険な所に来ても良いのかな?」

「何をしようとしてるの?もうあなたには、何も残されていない。大人しく捕まればいいじゃん」

「はっ!それならお前らも銃刀法違反だな」

「私が捕まるのは別にいいよ。」

「おーそうかい。私が過去にどんなヘマをしたのか知らないが
 ペンダントが渡った割には随分と苦戦しているじゃないか?」

・・・。

「私が黙っているとでも思ったか?この天才の頭脳を持った――

「何が天才なの?ほとんど私のお母さんのをパクっただけじゃない?」

「・・・何だと?」

「中身を見ていないUSBメモリを、何の対策もなしに開くのが天才?」

「手詰まりになったら。最初から生かす気の無い人質を連れて来るのが天才?」

「もしアレの中身が記憶だったら、私のお母さんに任せるつもりだったんでしょ?それって天才?」

「・・・それ以上――

「凡人以下じゃない?ただやってる事がずるいってだけで、何も賢くは無い。違う?」

シャーロットは銃口を夏実に向けた


「おまけに、連れてきた人質は即興で作ったバグだらけのクローン。
 喋ることもできないし、言葉も理解できない。死ねばすぐに劣化する」

倒れている宇佐川は変色していた。


「あなたはクローンが間抜けだと思ってるらしいけど」


「あなたも、十分"間抜け"だよ」


「・・・お別れだ。ミナセの娘よ」


夏実は笑っている


くそ・・・何か無いのか・・・?

「信一・・あそこ・・・」

千春は小声で言いながら、俺の背中をつついている

「・・・?」

周りを見渡すと、何かを構えている小さな影が見えた


ドシュッ



「は――!?


「「パァン!!!」」


爆音が響く


シャーロットはその場に倒れ込み


銃弾は夏実の脇腹の一部を抉り取った



その"何か"から発射された物は



麻酔だった。






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1/6





俺はパソコンをやっていた。

確か俺は、ダンおにの合作を作っていたのだ

そして自分の担当する部分は、ちゃんと〆切を守ったはずだった

それなのに、未だに俺はパソコンのメモ帳を開いて合作のための文章を書いている

一体何を書いているのか?

原因は1通のメールだった


「ダンおに合作のコメントだけど全然関係ない小説とかでもいいよ 原稿用紙200枚分くらいの」


真面目に小説など書いたことも無いはずなのに、これはどういう事なんだろうか


そういう事なんだろう



明日、千春と初詣に行く予定がある。

千春が行くならと、宇佐川も来たがっていたが

彼女は小さくて、度を越した人ごみだとすぐ迷子になるので駄目だ

夏実の傷は、まだ癒えていない。

内臓は問題ないらしいが、肋骨2本やられたようだった。


初詣の帰りに宇佐川と合流し、皆でお見舞いに行くつもりだった。


・・・あの時、麻酔銃を持っていたのは宇佐川だった。

研究所から持ちだした物で、夏実はあの時、既に宇佐川を救出していたらしい

夏実には宇佐川家で待機しろと言ったのだが、雨海家に向かい

宇佐川誠司の手助けをしたらしい。

その後、02と言っていたシャーロットのクローンの無線を奪い取った

他の通信相手はOriginal・・・本物のシャーロットしか存在しておらず、既にクローンの数はゼロ

つまり、監視役もゼロで、研究所にも本物しか居なかった。

本物が出ていった隙を狙い、宇佐川を救出したという事だった。


宇佐川は別に射撃の腕がすごいわけではない。

クローンが確実に対象を捕らえられるように、ホーミング機能が付いていた。

そう、あの時夏実はシャーロット軍団の銃を所持しているはずだった。


『俺は、誰も死なせたくない』


そんな俺の言葉を、夏実はシャーロットに対しても考えていたらしい。

俺はアイツを本気で恨んでいたから、正直撃っていても良かった・・・と言ったら怒られるだろうか

死ぬと言えば、宇佐川のクローンだ。

バグだらけだったとはいえ、姿形は宇佐川そのものにできていたのだ

千春は先週までショックで暗くなっていた

本物である宇佐川も、不幸な一生を遂げたあの子について悩んでいた時期があった。

作られたものとはいえ、あの行為は立派な殺人だ

奴の行為は倫理に反し、許される行為ではない

情状酌量の余地も無し

「シャーロットは全員無期懲役になった」と関係者から伝えられたが

テレビでは奴の顔はおろか、名前すら出てくることはない

新聞記事やネットでも、シャーロット関連の情報は一切途絶えた。

生きているシャーロットはクローンが4人、本物を合わせて5人。

複数居ることはおろか、"クローン人間"の存在さえも完全に黙殺されている

更に、俺達が一時的に銃を所持、武器を扱っていたのも無かった事にされている

あの研究施設も、今はもう無い

数多くのクローン

現在では存在しないはずの銃

異常なまでに高性能なコンピュータ

多くの謎を生んだはずの重要な物達は、無かった事にされている

果たしてこの配慮が正しいかどうか、意見は分かれると思うが

俺も、この事件を無かった事にしようとしている。

だが俺達は全員今回の事を

決して忘れる事は無い。







ダンおに合作のコメントだけど全然関係ない小説 ―完―



ひさめです。はい、ちゃんと読んだ人にとっては久しぶりですね。

果たして、これを最初から最後まで読んだ人はいるのでしょうか
正直1人でも居れば凄いと思ってます
だってもはや感想じゃないもん

小説の最後の方に出てきた

「ダンおに合作のコメントだけど全然関係ない小説とかでもいいよ 原稿用紙200枚分くらいの」

これは実話です。
実際にとろわから送られてきました。

ワードに本文を貼りつけただけなので、シーン切り替えの棒線とかも入っちゃってますが
63000文字、原稿用紙およそ157枚分となりました。
・・・あと43枚ほど足りませんね。
たまに、ちょっとふざけた物を2000文字ほど書くことはあったのですが
今回のはケタ違いですので、黒歴史臭がすごいと思います。

自分もこんな痛い妄想した事があったなぁとか
何らかの形で楽しんでもらえたなら嬉しいです
「ふざけんなよ!!こんなつまらない物長々と書きやがって!!時間返せ!!!」
とかだったら本当にすいませんでした。

文句はとろわにお願いしm――!?「「パァン!!」」